せいれいの瀧
【過去の記録◆2022年4月20日】
4月4日には様々な場所を巡ったのに満たされない想いが残り(満たされないから巡ったのですが)、
「わたしは瀧が好きなのだ」と分かったのでした。
「COGY(足こぎ車いす)」のおかげで少し歩けるようになったけれど、山奥までは行けないから、
「奈良 瀧」で検索して、「道路から徒歩5分ほど」の所にある瀧を選んでいきました。
4日に行った『丹生川上神社上社』の近くにもあると判り、
「このまえにも知っていたら寄ったのに」とおもいましたが、前回は昼過ぎにしか家を出られなかったので、
「清流の色が綺麗なのは、太陽が真上に来る正午あたりだから」と、自分を納得させたのでした。
「龍神の瀧」がある『丹生川上神社中社』のずっと奥にも瀧があると知って、「上社か中社のどちらに行こうか」と迷っていたのですが、
「上社」の近くの『蜻蛉(せいれい)の瀧』は、運が良ければ「瀧にかかる虹が見られる」というので、
「それは、わたしの瀧だ」と感じたのです。
生まれたときの天体配置で「宿命」を意味する場所の表象がわたしは、
『水の精霊~瀧の虹色に輝く霧のなかで踊る自然霊~』というものなので。
「上社のほうにしよう」と決めたのは、瀧の場所が『あきつの小野公園』を抜けた所で、いまの季節なら公園で八重桜が見られるのではないか、とおもったためです。
『蜻蛉(せいれい)』とは「あきつ(トンボ)」のことですが、「精霊と音は同じだ」と、後から気づきました。
知らない場所は遠く感じますが、4月4日も同じ道を通ったため行き先を通り越して『おおたき龍神湖』まで行ってしまい、
「ダム湖で、こんなに美しい水を見たのは初めて」と前回におもったけれど、それはあの日だけだったと判りました。
水は変わらず綺麗でしたが、大量に木切れが浮かんでいたのです。
山奥で大雨が降って湖に押し流されてきたのでしょうか。
引き返して、「蜻蛉(せいれい)の瀧」へ向かいました。
遊歩道は整備されていたけれど、瀧を巡る道はここでも階段の段差がとてつもなく大きくて、
「歩けと言われたら断る。瀧のそばへ行くためなら進むけれど」とおもうのでした。



「中ほどの瀧見台」から虹が見えました(上から3分の1あたり)。
来る前から、「虹が見られますように」と祈っていたのですが、瀧をのぞき込むとすぐ見えました。
この場所には何回も何回も戻ったのですが、それまで陽が翳っていても、ここに立つたび陽が差してきて虹が現れるので、
「神域で歓迎される自分であり続けよう」とおもうのでした。

時間が経つにつれ、虹ができる場所は下方へ移っていきました。

祀られていた緑の龍神さまに、「失礼いたします」と伝えて、流れ落ちる水を真横で眺めました。

祠の前からも見えなかった所に「上の瀧」がありました。
子どもの頃に京都の古墳群の間を駆け回っていたので、ほとんど歩けなくなった現在も、先へ進めそうなら上っていきます。
それで、大きな滝壺を見下ろせました。見えない所で瀧は段になっていたのです。


ここから流れ落ちるのが、「中ほどの瀧見台」から見える瀧です。

「上の瀧見台」からも「中ほどの瀧見台」からも見えない所にも瀧があり、
調べたときには瀧がふたつ並んでいるという情報を得られなかったため、「下の瀧見台」で左へ視線を移したときに驚きました。
「下の瀧見台」に続く螺旋階段は、「中ほどの瀧見台」のそばにある展望所の奥だから見落とされがちなのかもしれません。
細い管を真下へ降りていくような螺旋階段で、ひととすれ違うのも難しそうな幅でした。
同じ写真を2枚続けて撮ったのですが、1枚目にだけ「光球」が3つ写っていて、「水の精霊」が歓迎してくれたように感じました。
後ろへ下がっても1枚の写真にはおさめられなかったため、ビデオを撮りました。

瀧見台が近すぎて写真におさめられなかった瀧の全容を撮りました。
(中ほどの小さい滝壺→上部→下部へ)
「下の瀧見台」に来るまで気づいていなかったけれど、50メートルの瀧の途中にも小さな滝壺があったのです。
中ほどの滝壺から上を映して、そのあと、上から下までを映しています。

瀧から公園へ戻るとき、川の水量が少なくて驚きました。瀧のあたりでは大量の水に見えたためです。
この川の名前は、音無川。
公園の中では、音無川で水遊びもできます。

[2022年9月22日に追記]
この日までカメラは手首に掛けていたのですが、レンズが手に触れると曇る、と気づき、翌月にはデジカメ用ネックストラップを買って首から下げるようになりました。
そうすると杖にカメラが当たらなくなり、手首には杖のストラップを掛けておくだけで良くなり、歩くのも撮るのも楽になったのでした。
この頃の体力は数秒の動画をなんとか撮れるだけで、長い動画は他の方に撮ってもらっています。
