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昭和のマスクメロンは高級品。価格はスイカ10個分だった。

マスクメロン。
僕にとって、それはめったに食べられないごちそうでした。
お見舞いやお祝い、お中元など、特別な時にだけ我が家の食卓にあがるものでした。届いた箱を開ける時は、家族みんなが大騒ぎ。子供だった僕は、そのまわりをぴょんぴょん跳びはねていたくらいです。

マスクメロンは食卓のVIP

「お中元にマスクメロンをいただいたぞ!」
父の大ニュースに僕たちは「おおおっ!」色めき立ちました。

当時、八百屋に並ぶメロンといえば、プリンスメロンが主流でした。
こちらはひとつ200円か300円程度で、夏の定番であるスイカとさほど変わらない値段です。
しかし、マスクメロンの価格はその10倍。もっと高級なものになると、1万円を超えるものもありました。
当時の大学の初任給が4万円ほどだったことを考えると、いかに「高嶺の花」だったかがよくわかります。

メロンは昭和の夏の季語

メロンが八百屋に並ぶのは、夏でした。今は年中スーパーで見かけますが、昭和のメロンは紛れもなく夏の果物です。

冷蔵庫で冷やした、みずみずしいメロンをスプーンでふんわりとすくいとる。口に入れると、まろやかな甘味が口いっぱいに広がる・・・それは夏の最高の楽しみでした。

まずはお仏壇に供える

特別なごちそうであるマスクメロンを、母はまず2階にあるお仏壇に供えました。
「良いものは、まずご先祖様に」
それが母のルールでした。
特別なものだけではありません。母は、毎日のごはんが炊きあがると、まず小さな器に白いごはんを盛り、お仏壇にあげては手を合わせていました。お仏壇はどこの家にもあり、ご先祖様に感謝する気持ちは、下町では当たり前のことだったのです。

まとめ

最後に、僕が大人になってから知った豆知識をひとつ。

マスクメロンの「マスク」って、顔につける「仮面」のことだと思っていませんか?実は、語源は「musk」、つまり麝香(じゃこう)のように豊かな香りがするという意味なんです。英国で貴族たちの間で愛された品種が、大正時代に日本に導入されたのが始まりです。
日本の技術力と手間暇をかけた栽培によって、マスクメロンは愛され続け、当時よりもずっと親しみやすい果物になったいったんですね。

家族みんなでいただくという特別なイベントだったマスクメロン。
僕にとっては、家族が仲良く食卓を囲んだ、懐かしい記憶そのものです。

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