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多様性の時代における《ベートーヴェン・第九》をめぐる世界旅行|Vol.7

本日12月16日はベートーヴェンの誕生日とされています。また年末恒例の行事といえば、ベートーヴェン《第九》のコンサート。今年は、佐渡裕指揮による『1万人の第九 EXPO2025』が、4月に華々しく大阪・関西万博の開幕を飾りましたが、通常、日本での《第九》のコンサートは、12月に集中します。

いかにも日本らしい《第九》に対するアプローチですが、楽聖ベートーヴェンの最高傑作とも言える交響曲《第九》に思い入れがあるのは、日本人だけではありません。海外に目を向けると、その公演のあり方には、やはりそれぞれの国、それぞれの地域ならではの多様な解釈やメッセージが込められているようです。

今回は、そんな海外における《第九》事情の一部をお届けします。

🎩 ベートーヴェン 《交響曲第9番合唱付き ニ短調》

🎼 グスターボ・ドゥダメル & シモン・ボリバル交響楽団

ベネズエラ出身のグスターボ・ドゥダメルといえば、今日、世界で最も活躍している指揮者の一人です。そんなドゥダメルが率いる、母国のシモン・ボリバル交響楽団とはどのような交響楽団でしょうか。

シモン・ボリバル交響楽団は、ベネズエラにおける国家的な青少年向け音楽教育『エル・システマ』の活動成果として誕生しました。

ベネズエラといえば、産油国なのに財政難麻薬がはびこり、犯罪率は世界でも最悪のレベルにあるなど、ネガティブなイメージに事欠きません。エル・システマ、そしてシモン・ボリバル交響楽団による社会活動は、そのようなベネズエラの貧困や暴力に苦しむ若者に対する救済制度としても寄与しています。

シモン・ボリバル交響楽団は、過去にはクラウディオ・アバドサイモン・ラトルといった大物指揮者とも共演してきました。とはいえ、若い団員にとっては、現在世界のトップ指揮者として活躍している母国のグスターボ・ドゥダメルこそが、最も輝かしい存在なのではないでしょうか。

動画は、2017年のスペイン、バルセロナでの公演から、第1楽章を取り出したものです。冒頭、霧の中から世界が生まれるような空虚5度の和音。そこから解き放たれるラテンの情熱が生み出すエネルギーは、ドゥダメルとシモン・ボリバル交響楽団ならではの緊張感に満ちています。エル・システマから生まれた彼らにとって、第九を演奏することは芸術活動の枠を超えた生きることそのものの表現ともいえるでしょう。

また、動画では、楽器を奏でるミューズ(女神)たちの彫刻群で装飾されたホール壁面の美しさも目を惹きます。こちらは、世界遺産にも登録されているモデルニスモ様式の建築、カタルーニャ音楽堂の内部になります。

🎼 イヴァン・フィッシャー & ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

続いて、ハンガリーが誇るカリスマ指揮者、イヴァン・フィッシャーとオランダの名門コンセルトヘボウのコンビによる第2楽章の演奏です。

イヴァン・フィッシャーは、母国のブダペスト祝祭管弦楽団を世界のトップレベルに引き上げた指揮者としても、よく知られています。フィッシャーもコンセルトヘボウも、ともに欧州のクラシック音楽における王道路線といえますが、とはいえドイツ的重厚さで奏でられるベートーヴェンとは、また一味違った味わいの演奏が披露されました。

第2楽章は、スケルツォの躍動感ティンパニが加わって小気味よく進行しますが、フィッシャーはそこに、知的でユーモアあふれる舞踏としての楽しさを織り込みました。木管楽器の弾むような音色も素晴らしく、コンセルトヘボウが奏でる音響はビロードのような肌触りです。洗練された大人の演奏とも言えるでしょう。

🎼 パーヴォ・ヤルヴィ & ブレーメン・ドイツ室内フィルハーモニー管弦楽団

続いての動画は、エストニア出身の指揮者、パーヴォ・ヤルヴィとブレーメン・ドイツ室内フィルハーモニーのコンビで、2009年のボン(ベートーヴェンの出身地)におけるベートーヴェン音楽祭での演奏から、第3楽章です。

NHK交響楽団の前首席指揮者(現名誉指揮者)として活躍したパーヴォ・ヤルヴィは、日本人にとっても馴染みの深い指揮者と言えるでしょう。

こちらは、40人程度の室内オーケストラによる引き締まったアプローチでの演奏です。本来、大編成で演奏される《第九》を、あえて小ぶりにしたことで、ふだんは弦楽器に溶け込む木管も、前に出て輪郭を作っています。

従来の交響曲では、第2楽章にくるアダージョの世界を、あえて優美な第3楽章としたベートーヴェンの創意を、ヤルヴィは少し速めのテンポで、引き算の美学で演出しています。贅肉を削ぎ落とした、親密な空間での、天上のしらべと言ってもいいでしょう。

🎼 サー・アントニオ・パッパーノ & ロンドン交響楽団

そして第4楽章は、長年ロイヤル・オペラ・ハウスを率いたのスペシャリスト、パッパーノとロンドン交響楽団の今年の演奏からです。2025年は英国における《第九》の初演から200周年にあたり、その節目を飾るコンサートとなりました。

2024年からロンドン交響楽団の首席指揮者に就任したパッパーノは、リハーサルでもしばしば、カンタービレ(歌うように)という指示を繰り返す指揮者です。

第4楽章は、冒頭、低弦のチェロとコントラバスが、私たちがここまで聴いてきた第1〜3楽章の音楽世界を回想しては、それをレチタティーヴォで否定するという応酬が、聴きどころです。パッパーノは楽器の一つ一つをまるで人間の声のように歌わせ、力強いドラマを作り出します。

そして、冒頭部の厳しい不協和音が再び奏でられると、今度は、本当の人間による歌唱、いわゆる《歓喜の歌(Ode to Joy)》が始まります。ここで4人の独唱者に、白人が含まれていないのは、多様性を意識したある種のメッセージとも受け取れます。(クラシック音楽としては)奇抜に髪を染めて、鼻ピアスをした合唱団の一員が、時折クローズアップされるのも、意図的なものではないでしょうか。

最後は、機能性抜群のロンドン交響楽団と、言葉のニュアンスを掘り下げるパッパーノの音楽性が融合し、魂の合唱としてクライマックスを築き上げます。

🎼 フラッシュ・モブとしての《第九》

また、《第九》は、いつの間にか、ストリート・パフォーマンスにおける、フラッシュ・モブの定番としてのポジションを確立したようです。

一人の少女が大道芸人のパフォーマンスをそっと促し、やがて周囲を巻き込む大演奏になる、という展開も、ネット上に公開される動画の中で、様式化されてきたのではないでしょうか。

🎩 名盤情報(音源)

今回の名盤情報は、1951年バイロイト音楽祭におけるフルトヴェングラーの歴史的演奏の録音です。

第二次世界大戦後、初めて開催されたバイロイト音楽祭での《第九》は、異様な緊張感をもって迎えられました。必ずしも録音状態が良いわけではありませんが、一音ごとに緊張が積み上がり、終楽章で熱が解き放たれる歓喜の演奏は、クラシックファンなら、ぜひ聴いておきたい一枚です。

🎩 おまけのクイズ

まずは、前回に出題したクイズの解答から。

以下の内容は、正しいでしょうか?それとも誤りでしょうか?
タイタニック号が沈む時、船上楽団が最後に演奏したとされる曲は、《Nearer, My God, to Thee(主よ、御許に近づかん)》である。

解答:
諸説あるのですが、一番有力な説として正しいです。(ただし証言が分かれるため、断定は難しい)

今回のクイズ(難易度:★★⭐︎):

《第九》の第4楽章で歌われる《歓喜の歌》の作者は誰ですか?

ヒント: 歓喜とは対照的な様子の擬態語と、語呂が似ています。

解答は次回です。

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