【政治問題】二つの日本、二つの天皇
「私たちはアメリカ人だ、いいな?」
(We're American, okay?)
「なるほど、お前はどの種類のアメリカ人だ?」
(Okay, what kind of American are you?)
この一節は、2024年に公開された映画、『シビル・ウォー アメリカ最後の日』の台詞です。
ジェシー・プレモンスが演じる赤サングラスの男は短い登場時間ながら、我々が知っている「アメリカ合衆国」が劇中では存在しないことを観客に伝えてくれます。
まあ、それはすでに映画の中だけではないかもしれませんが。
2026年7月17日・皇室典範改正
改正皇室典範が国会で可決・成立しました。そのニュースを見ながら、ふとこの映画のことを思い出しました。天皇制のことは、複雑な問題なので、手を出すのが怖かったのですが、日本という国の転換点かもしれないということで自分の考えを書いておくことにしました。
1 「戦前日本」と「戦後日本」
日本とはどんな国でしょうか?
人が想う国の形は様々です。大多数の国民が思う日本だけでも様々だと思いますが、アイヌ民族や琉球民族の血を引く人にとっての「日本」、在留外国人の方にとっての「日本」など、様々な日本の形が存在するのではないかと思います。
しかし、整理すると、大きく2種類の「日本」に分かれるのではないか、と私は考えています。
一つは明治以降、第二次世界大戦終了までの「戦前日本」、もう一つは第2次世界大戦後にできた「戦後日本」・・・仮にそう呼ぶことにします。
「戦前日本」は神武天皇が即位した「紀元前660年2月11日」から始まり、明治政府によって近代国家となったとされる「世界最古の国」です。
また、日本神道の神話を建国の物語とした、封建的な要素の強い国です。
神武天皇は神話的な存在ですが、歴史学的な視座に立てば、国家としての実質的な統合を成した古墳時代から飛鳥時代にかけて(概ね6世紀から7世紀頃)を「日本」の黎明と捉えるのが、今日では一般的とされています。
「紀元節」である2月11日は「建国記念の日」として今も受け継がれていますね。
「戦後日本」は第二次世界大戦後の「日本」です。その理念は「日本国憲法」によって定義づけされ、戦前よりも民主的になろうとする国です。
私自身は昭和50年代の生まれですが、日本という国は第二次世界大戦後に新しくできた国だという感覚でいました。
少なくとも戦前の「大日本帝国」がリニューアルされてできた国だと。
いわゆる「八月革命説」的な考え方ですね。
「戦後教育に毒されている」と思う方もいるかもしれません。
実際、そうなのだと思います。
戦前の軍国主義から、民主主義と個人の尊重へと舵を切った戦後教育を受けてきた私は、知らず知らずのうちに戦前の日本を「なかったこと」にするか、「悪い国」だと決めつける傾向があると思います。
私を含めた「サヨク」は日の丸や君が代が嫌いな者が多いですが、「国旗」や「国歌」が嫌いな訳ではありません。戦前の日本が嫌いであり、その要素を排除したいのです。
「裸足のゲン」で、戦後の学校で「君が代」を集会で歌わせようとする教員にゲンが怒るシーンがありましたが、すごく共感できます。
繰り返しますが、私を含めた戦後生まれのサヨクは日本が嫌いなのではなく、戦前の日本が嫌いなんです。8月に革命が起きたかはともかくとして、戦前の封建的な日本から、民主的で多様性重視の新しい日本に変わったのだから、古い日本の要素は消し去るべきだ、と今も思っています。
個人的には、戦後に「日の丸」「君が代」に代わる新しい「国旗」や「国歌」を制定すべきだったと思います。リニューアルしたのだから、新しくすべきだったのではないかと。
ただ、「日の丸」以上にキャッチーなデザインの国旗を作るのは困難で、それが大きな問題だったと思いますね。
国旗損壊罪法の成立も最近の大きな話題ですが、戦後に「国旗」と「国歌」をリニューアルしておけば、この種の法案はもっと早くに成立していたと思います。
むしろ、新しい国旗と国歌を守るために、左派政党が成立を主張して、保守派が反対する状態になっていたかもしれません。その時は「日の丸」がアメリカにおける「南部連合旗(南軍旗)」のような扱いになっていたかもしれません。
左派政党にも自分たちの旗を大事にする感覚はあります。日本共産党の前でいわゆる「赤旗」を破いたら、きっと激怒するはずです。
・・・怖いのでやりませんが。
2 2つの日本をつなぐもの
私は、現在の日本という国は「戦前日本」と「戦後日本」の2つの国が重なって存在していると思います。そして、私が高校生だった90年代くらいまでは「戦後日本」が優勢だったと思います。
「戦前日本」勢力が強まったのは、従来の歴史教科書を「自虐史観」と批判し、日本の伝統や文化を重視した「新しい歴史教科書をつくる会」(1997年結成)が出てきたあたりでしょうか? (もちろん、小林よしのりの「戦争論」も)
振り返ってみると、90年代半ばの様々な出来事(オウム真理教や阪神・淡路大震災)以降、経済や社会の停滞に伴って、「戦前日本」への回帰が強まっていったように思います。
さて、「戦前日本」と「戦後日本」を構成する要素のうち、重複しているものが1つあります。それが「天皇」です。
「大日本帝国憲法」では「元首」、「日本国憲法」では「日本国の象徴および日本国民統合の象徴 」ですが、二つの憲法に共通する存在です。
天皇というのも不思議な存在です。
そもそも太古の時代は豪族の代表・・・いわゆる王だったと思いますが、同時に神道の祭司の要素も兼ねています。
(これは卑弥呼のような巫女が中心となった集団から、天皇が役割を引き継いだからじゃないかと思いますが、あくまで想像です)
とにかく、天皇は王様であり、神道の祭司であり、神の末裔であります。
武士が台頭した後は、国家の支配者(王)よりは、「征夷大将軍」を任命することで、日本を統治するものを承認する役割を持つようになりました。
明治以降は再び、君主として扱われるようになりましたが、戦後日本では「日本国の象徴」になりました。
様々な側面を持つ「天皇」ですが、現在は自身が国を統治するのではなく、国の統治者を任命する存在になっています。
たとえに出してよいのかわかりませんが、2025年に公開されたファンタジー映画「マスターズ・オブ・ユニバース」では、グレイスカル城という城と「パワーソード」という剣が出てきます。作中の世界ではこの2つを手にしたものが宇宙の神秘の力を手に入れることができるので、善と悪の勢力がこれを取り合うのが基本の物語です。
天皇というのは「パワーソード」みたいなものだと思います。
「パワーソード」は唯の剣ではなくて、剣自体が認めた者に世界の大いなる力と権力を与える存在です。
日本という国は「天皇」の承認を得た者が主権をとってきたように思います。そのためには天皇を自分の陣営に取り込む必要があります。
まさに「天皇争奪戦」ですね。
3 令和の天皇争奪戦
現在の今上天皇はリベラルな考えの持ち主で、戦後民主主義の象徴のような方だと思います。というよりは第二次世界大戦後の天皇陛下は率先して「民主主義の象徴」となろうとしてこられたように見えますし、「戦後民主主義」の国である「戦後日本」への承認を与えてきたように思います。
これに対して、国旗損壊罪の制定もそうですが、今回の皇室典範の改正は「戦前日本」に向かう動きだと思います。つまり「戦前日本」への復古です。
今回の改正で、いわゆる「女系天皇」が将来、誕生する可能性がなくなりました。愛子さまが「女性天皇」になることも無理でしょう。女性の天皇を認めないことは、日本国憲法の男女平等の理念に反するものです。
もちろん、日本国憲法の構造上、国民の権利は天皇には適応されません。でも、この状況はルールブックに2種類のルールが書かれているようなものです。
この状態が続くと、日本国憲法の男女平等の理念が弱まって行くか、憲法自体がないがしろにされていくのではないかと思います。
皇室典範という一般国民には適応されない法律で、一般国民とは違う形で天皇の存在は定義されています。
皇室典範が封建的な色合いを強めるなら、国民も完全に民主的な存在になることはできないでしょう。天皇と国民はお互いに鏡合わせのような存在だと思うからです。
天皇が封建的な存在になっていくなら、日本国憲法内で価値観が異なる存在となっていきます。
これは現在の民主主義国家とは食い合わせが悪いと思うのです。
もちろん、男女差別も伝統です。歌舞伎役者は女性がなれないし、女人禁制の場所は今だにあります。ですが、それは国民全体には影響しません。
しかし、将来、より封建的な存在の天皇が誕生すれば、日本という国の形は大きく変わるでしょう。
2026年7月の国会審議において、日本共産党の小池晃書記局長と高市早苗首相は、旧宮家の男系男子を皇族とする皇室典範改正案をめぐり、養子の子の皇位継承資格や国民の理解について激しい論戦を行いました。
共産党は「戦後日本」の理念を守ろうとする「保守派」であると思います。天皇制の廃止を求める政党であるのに、現在の天皇制を維持する立場になったのは歴史の皮肉です。
対して、高市総理は「戦前日本」の復古を求める改革者です。今回の国会は将来振り返った時に、二つの日本がぶつかりあった瞬間として記録されるんじゃないかと思います。
4 どの種類の日本人か?
日本が今後、どのような国になるべきなのか?
それは全ての国民が考えるべきことですが、その基本となる憲法内で異なる価値観が並列するのは混乱の原因です。
天皇がただ神道の司祭としての家系であるだけならば良いですが、日本国民統合の象徴として憲法に定義されているなら、男女平等を受け入れる方向に変わっていくか、憲法から天皇の項目を外すべきです。
天皇は神話の時代から続く日本の象徴だと、保守派は考えます。
それも大事だとは思いますが、日本は民主国家であり、国民が議員を決め、その議員が総理大臣を決めます。国の代表は総理大臣で十分です。
私も天皇は大事な存在だと思います。
しかし、このままでは二つの日本による天皇の争奪戦が起こる可能性があります。いや、もうすでに始まっているのかもしれません。
そして、いつか尋ねられかもしれません。
「お前はどの種類の日本人なんだ?」と。
