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あの夏の銀世界 第一話


あらすじ


かつて神童と崇められた天才ダンサー・雪村 奏ゆきむら かなでは、ある男の言葉がきっかけで、ダンスをやめた。
雪村に憧れその背中を追い続けてきたダンサー・市原 銀二いちはら ぎんじは、その話に耳を疑い、雪村が在籍すると噂の大学へ入学し、ダンスサークルに所属する雪村を見つけ出す。
『ダンスは趣味だ』と話す雪村の腑抜けた姿に、市原はがっかりするが、その目に宿るダンスへの情熱が垣間見えた瞬間、市原の目的は明確になった。
正反対の二人がダンスで共鳴しあうのは、一体なぜなのか。
“本当の自分”を隠さなければならない二人が紡ぐ、ラブストーリー。

本編


『雪村のダンスって、なんか見ててこえーよ』

あの日、たった二、三曲一緒に踊っただけで、名も知らぬ男はそう言い放った。

俺と同い年くらいで、背がでかい。
初めてみる顔、たぶんスクール生じゃない。

初対面のそいつの言葉が、なぜこんなにも胸に突き刺さったのか。

それはたぶん、あいつの目だ。
恐ろしく澄んだ瞳、蔑むような視線。

こめかみを伝う汗すら、今でも鮮明に思い出せる。

『は?んだよ、それ』

あのときの俺の、精一杯の虚勢だった。

それから一年後、俺はダンスをやめた。



雪村 奏ゆきむら かなででしょ?ミニッツの」

「……ああ、うん。よくそんな昔のこと…、」

「やっぱり!!まじでいんのかよこんなとこに」

サークルのチラシ持ってんだから、先輩だってわかるはずだけどな……??
この男、友達かと疑うレベルのタメ口でくるぞ??

無礼極まりないその男は、取り巻きと思われる女子たちに問われていた。

「この人知り合い?顔面強すぎて直視できないんだけど」

「もはや暴力じゃん…。綺麗通り越して神々しい」

「ねえ銀二ってば!誰なの、この人?」

誰なのこの人、って、俺も聞きたい。
こいつ誰だよ???

「しらねーの?神童・雪村奏。超有名。ダンスの申し子」

うわぁ……久しぶりに聞いたな、その異名。

引きつる笑顔で俺は答えた。

「随分昔のこと知ってるね?あ、でさ、ダンスサークル入らない?ゆるーいやつだからさ」

取り巻きの女の子たちは、すぐにいい返事を聞かせてくれたのに、肝心のこの男は、俺の前から一向に動こうとしない。

「いや……え?なんなのかな?俺なんかした?」

艶のある黒髪をセンター分けにしたこの男、よく見れば綺麗な顔立ちで、俺より背は小さいのになぜか存在感があって、無性に目を惹く出で立ちだ。

万年客寄せパンダの俺と、こいつが並んでいると、勧誘どころでないことは明白だった。

「俺、市原 銀二いちはら ぎんじ。昔、スクールで一回会った」

カタコトかよ。
しかも一回しか会ってないんかい。
そりゃ覚えてるわけねーわ。

「そ、そっか。じゃあダンスやってるんじゃん。よかったらサークル…」

「入らねーよ」

「ん?」

「俺、マジでやってるから」

ああそう、と募る苛立ちに任せて返事をしようとしたときだ。

ふと俺を見上げるその顔と、目が合った。

「……あっ、お前……!!」

その蔑むような視線、身に覚えがある。
覚えがありすぎる。

「今思い出した」

「え?」

いまさら目を丸くして、きょとんとした顔したって遅い。
俺は執念深い男だからな。
お前に向けてやる笑顔は、あいにく持ち合わせていない。

「中二だから…、六年前か。スクール来ただろ。ミニッツの後ろについたよな」

「俺、ずっと雪村奏に憧れてた。なのにさ、お前、なにやめてんだよ」

「ちょっと待て。まずお前敬語な?俺、先輩」

「ずっとお前の隣に立ちたかった。てかお前がダンスやめるとか無理だろ」

「人の話を聞けっ!!」

「お前は絶対ダンスだよ。それしかないって」

「お前が決めることじゃねえだろ」

こいつ、本当図々しいにも程があるぞ。
大体俺がやめたのだって……。

「お前が言ったんだろ」

「は?」

「俺のダンスがまともじゃないって」

市原銀二の顔が、ほんの一瞬曇る。
こいつも、忘れたわけではなさそうだ。

「おい雪村~。そこ人集まりすぎって注意されてっから、こっち戻ってこーい」

「……はい、戻りまーす」

市原とはそれっきり。

……だと思っていた。



「雪村先輩。飯行きましょう」

「行かねえ」

「なんでっ。俺奢るって」

「しつけえ!!」

新歓で再会?した日から、一週間。
市原は毎日飽きもせず、奇襲を仕掛けてくるようになった。

特に厄介なのは、この身長差。

ちょうどコイツの口元が俺の耳元で、背後から声を掛けられるたびに、俺の心臓は騒々しい。そういうやつじゃなくて、お化け屋敷的なやつで、だ。

「にしても、奏が男に好かれんのめずらしいよな」

連日のやり取りの一部始終を目撃していた、幼馴染の松本 亮人まつもと あきとが言うことは、もっともだった。

いつもどうしてだか距離を置かれてしまう俺が、こんなに特定の誰かに付き纏われるのは、人生で初めてのことだ。

「奏は神々しくて近づけないキャラなのに、あの子すげーよ。毎日毎日さ」

「神々しいとかいらねーから」

「しょうがないっしょ。お前はどこいっても誰が見ても完璧だから……見た目とスペックだけはな?」

「はあ。そんなにこの顔がいいのかねえ」

「女子が聞いたら泣くし、そんなこと言うから男にも敬遠されんの。わかってないねー奏は」

「うるせえな。わかってたらお前以外にも友達いんだろ、クソが」

きゃっきゃと悪人面で笑う亮人。
いつもこうやって俺を揶揄ってくる、悪趣味な奴。

だけどそれに救われてきたから、今でも俺はこいつと一緒にいるわけで、俺も大概だ。

「でも奏、あの子には素だよな。いつも絶対本音なんて言わないのにさ」

「素!?なに言ってんだよ、お前視力やばいんじゃね」

「やばいのはお前だ、自覚なしかよ。普通に俺から見て、気ぃ合いそうに思うよ」

気が合いそうって、俺が?あいつと?

亮人は俺らのごたごた知らねーから、そんなこと言えるんだよ。
俺らはいわば犬猿の仲だろ。

少なくとも俺は、アイツのこと好きじゃない。

アイツのあの目、嫌いだ。

「雪村先輩~、もう帰りっすよね?飯行きません?」

うわ、噂をすれば。

「行かねーって。これからバイト」

「バイト?どこ?」

「言わねえわ」

「え、俺待ってるから」

「待つな待つな」

くしゃっと気だるげに髪をかき上げる仕草。

不意に漂う色気っていうんだろうか。
男の俺でもあてられてしまうような、それ。

顔立ちとかスタイルだけじゃなくて、市原っていう人間から漏れ出しているそれが、なんかとても年下には思えなかった。

「お前、年下に見えねーな」

「あれ?言ってなかったっけ」

「ん??」

「俺、雪村先輩と同い年」

……は??

「……待って、いまめっちゃ恥ずかしい」

「だろうね。先輩風びゅーびゅーだったもんね」

「うるせえ!!忘れろ、今すぐ!!」

「バ先教えてくれたらいーよ」

「嫌だ!!」

「じゃあだめだなぁ。俺、友達に言っちゃうかも。あの神属性の雪村先輩が…って」

「やめろ!お前ほんっっと性格悪いな!!」

てかこいつ、入学早々もう友達いんの!?
そういや新歓のときも、女の子引きつれてたっけか……。

「先輩?聞いてます?」

「あ?なに」

「だから、これからも先輩呼びでいーですかって」

「だー!!やめろ、いいからもう!!普通にしろよ!!」

くははは、と声を出して笑う姿は、俺の想像とは違っていた。
表情筋死んでそうなのに、案外目を細めて大口で笑うんだな。

「ん?」

そうやっていつもより少しだけ長く、市原の横顔を眺めてたからだろうか。

あの目がふっと和らぐ瞬間を、目撃してしまった。

なんだか見たらいけないもの見ちゃった気分だ。

「……本屋。駅ナカの」

馬鹿だな、俺。超ダサい。
普通に誘えよ、曲がりなりにも学年は先輩のくせに。

「!!おっけ、待ってる!飲み行こうぜ」

わかってたよ、お前がそう言ってくれるの。



バイト終わり、市原が連れてきてくれたのは、大学からほど近い大衆居酒屋だった。

サークル飲みでもたまに使うとこ。
行きなれたその場所に、まさかの市原と二人きり……。

「俺、サシ飲みって幼馴染としかしたことねーわ」

「まじ?あーなんか友達いなさそうだもんな」

「ノンデリすぎてやべーよお前」

案内されたのは、カウンター席。
スーツ姿のサラリーマンの少し丸まった背中を眺めてた、なんとなく憧れてた場所だ。

「カウンター席、初めてだ」

「……雪村さあ、これ、デートじゃねえからな?」

「は!?」

「さっきから、なんか使い古されたようなことばっかり言ってくんだもん。俺不安」

「ばっかじゃねーの!?そもそもお前が誘ってきたんだろーが!」

「はいはい。とにかく雪村くん、座りまちょうね??」

「離せ、さわんな!!」

コイツ、ほんと腹立つわ。

しかし俺の経験値のなさ、やっぱバレてんのかな。
そんなわかりやすく童貞っぽいんだろうか、俺……。

「雪村、ビール?」

「ん!」

「つぶれんなよ、めんどくせーから」

「言っとくけど俺、鍛えられたから!つぶれたこととかまじでないし」

のちに気付く。盛大なフラグだった。

「市原、それなに」

「あ?いぶりがっこ」

「いぶりがっこ!?なんそれ、うける」

「うける?雪村のがうけるけど」

「あー?まじか、うけるな」

他愛もない、途方もなくどうでもいい話。
亮人の言ってた素の話、なんかちょっとわかった気がする。

コイツ、俺に普通に接してくれるんだわ。

だから話してて気遣わなくていいし、居心地悪くない。
ご飯もおいしいし、酒もすすむ。

いい匂いがするし、背中あったけえ。

………背中……??

「どぅわ!!!!なに!?!?これ!?」

「あっぶねーな!!暴れんなよ!!」

「え!?!?だってお前これ……!!」

なんで俺、コイツにおぶられてんだよっ!?

「雪村が勝手に寝たんだろ、置いてきた方がよかった?」

「え、俺が!?だって俺つぶれたりしねー…」

そう言いかけたところで、こうなるまでの経緯がすっぽり記憶から抜け落ちていることに気が付く。それがなによりの証拠だった。

「ご、ごめん。全然記憶ねえ」

「弱いなら弱いって言っとけ、バカ」

「別に弱いわけじゃ…!!」

「起きてんなら降りろ」

それはそう。

「すみませんでしたっっ!!」

「ん。アイス奢り。俺んちすぐそこ」

「あっ、はい…」

ん?
なんか、立場、逆転してね??
いやまあ、しょうがないよな??
だって俺、おぶられてた訳で……。

少し前を歩く市原の背中。
俺よりも小さいはずのその背中が、やけに大きくてあったかかったことは、たぶん酒が抜けたら忘れてる。忘れてなきゃ、困る。

「……って、まじで家じゃんかよっ…!!」

「まだ外でアイス食ったらさみーじゃん。雪村のせいでデザート食べ損ねたし」

「はい、返す言葉もございません」

部屋のドアが閉まる瞬間、少し遅れて気付く、コイツの匂い。
当たり前だけど、部屋中に漂ってる。

「……アイス食ったら帰るから」

「え?さすがに泊まりの想定はしてなかったわ、ごめんな」

「だーかーらー!!いちいち被せてくんなよ、もう!!」



市原の部屋は、まあなんというか、雑然としていた。
服が脱ぎ散らかしてあるとか、そういう小汚さはないんだけど、とにかく物が多い。

「お前、物持ちいいタイプ?」

「そうか?まあ実家ないし、物増えるってのはあるかも」

「ふーん。あ、そういやずっと聞きたかったんだけどさ…、なんか話したいことって、もう居酒屋で話した?」

なにせ記憶がない。
あんなに付き纏うほど俺と話したかったことがなんなのか、正直気になっていた。

水の入ったグラスに口をつけて、不意に市原の方に目をやったときだ。

またコイツは、知らない顔をしていた。

「ご、ごめん!!俺、お前といるの結構居心地良くて調子乗ってたのかも、まだ酒の適量とかもわかってなくてさ…、まじでごめんな」

今にも泣き出しそうに見えた情けない顔に、俺は咄嗟に言い訳ばかりを口にしていた。

ノンデリは俺の方じゃんか。

「ふっ、ははは!!やっぱ雪村いいなぁ」

「……は?」

「雪村がこんなおもしろい奴だって、あの頃知らなかった。なんか損した気分」

お前がそうやって笑い飛ばしてくれるの助かるけど、なんか、違うよな??

やっぱ居酒屋で、大事な話したんだろ。

「まじでごめん。もっかい話してくんね…?」

「え?ああ、いや話してないよ」

「嘘つくなって、まじでごめんて」

「いやまじだってば。一生どーでもいい話してたら、お前が寝落ちした」

「じゃあなんだよ、その顔」

さっきからずっと、心臓がうるさいんだ。
そんな顔すんな。
威圧感ありまくりの俺の嫌いなあの目、今してくれよ。

そんな縋るような目、やめろよ。

俺、お前と違って人間関係希薄すぎて、こういうときどんな顔したらいいのか、わかんねーよ。

「……これ、俺が組んでるユニット。見てくれる?」

突如そう言って差し出された、市原のスマホ。

「?おう」

その再生ボタンを何の気なく押してしまったことを、数分後、俺は後悔することになる。

「なあ、雪村」

「……」

「もう一回、ダンスやろーぜ」

ここでくるのかよ、その目。
なにもかも見透かすようなその目。

なんでよりによってお前が、引導を渡したお前が、それ言うんだよ。

もうダンスはやらねえ。
そう決めただろ。

早く言えよ、俺。



市原は、高校の同級生たちと“ブラレン”というユニットを組んでいるらしかった。

差し出されたその動画は、去年のコンテストで準優勝したときのもの。

ソロパートの市原のダンスは、俺のそれとはまるで正反対の、力強くて真っ直ぐで、見てて胸が沸き立つような、情熱的なやつ。

だけど五人揃えば、その熱量がきちんと均等に保たれているのがわかる。
ただぶつけるだけじゃない、器用な奴なんだろう。

新歓で言ってた『マジでやってる』って、ほんとにマジだったんだな。

「やらねーよ」

ようやく、声になった。
声にしたら、無性に息がしにくくなった。

「お前がダンスやめるなんて無理だろ」

「わかったような口きくな」

「未練がましく無名の大学のゆるいダンスサークル入って、なにがやめただよ。やめれてねーじゃん」

市原の言葉は、なんだっていつもこう、痛いところを突いてくるんだろうか。鬼か???

「いいんだよ、ダンスは趣味になったの」

はぁっと大きく息を吐いた。

もうこの話、やめたい。

てかこの話したから、酒飲み過ぎた説ない??
まあ記憶ねえんだけど。

「……そんなの、俺が許さねーから」

膝を抱えてうずくまっていた俺の手首を、力任せに握った市原。
その手のひらが思ったよりずっと熱くて、俺は思わず後退りしていた。

「逃げんな」

「ちょ、おまっ、落ち着けって…!!」

「無理。絶対離さない」

こえーーーよ!!
なにコイツ、執着やばくない!?

無理やりコイツの方向かされて、俺はもうコイツのこの目から逃れるのに必死だった。

「なあ、アイス!まだ食ってねーじゃん」

「あ?いーよそんなん」

「よくねーだろ、また食い損ねたって拗ねられても困るから!!」

空いていた方の手で、コイツの頭を押し返す。
髪の毛、すんごいサラサラだな、とか思ってる自分がアホすぎて呆れた。

「雪村、なにが怖いの?なんでそんなに逃げてんだよ」

怖いとかじゃねえ。
でも本当のこと言ったって、お前みたいな器用な奴にはわかんねえよ。

「逃げたっていいだろ。俺はもうダンスはやらないって決めてんだよ」

冷静に考えれば、頭一個分背の小さいコイツに、力負けするわけないんだ。
俺は手を振り払って、冷凍庫からさっき買ったアイスを二つ、テーブルへ運んだ。

「ほら、食うぞ」

ひんやりとしたそれが、もうずっとじんじんしていた手首に気持ちいい。

俺の言葉は間違いなく届いているはずなのに、結局アイツは、俺が食べ終わって部屋を後にするまで、そこからぴくりとも動かないままだった。



“神童”“天才”“ダンスの申し子”

かつての俺につけられていた異名だ。

小一のとき、従姉がやっているから、というだけで放り込まれたダンススクール。

適当な成り行きで始めたダンスだったけど、俺は恐ろしくそれにハマっていった。
ハマればハマるほど結果もついてきて、気が付けば俺はいつの間にか、神童と呼ばれるようになっていた。

みんながゲームでレベル上げに精を出すのと一緒の感覚だ。
練習がきつくても、先生にどやされても、音が鳴って身体を動かせば、全回復した。

『奏くんはいいわよねえ、見た目もよくて』

いつからか、そんな声が時折聞こえるようになった。

『奏はセンスがいい。天才だよ』

センス?よくわかんない。
めっちゃ練習してるからじゃないの??

『さすが神童!やっぱ俺らとはちげーよ』

うん……まあ、そうかもな。
だって俺、ダンス、マジで好きだし。

『奏はなんでもできていいね。俺はそうじゃない』

最初に組んでいたチームメイトが、去り際に言った言葉。

俺はその後、ミニッツという中学生が中心のユニットに、センターとして放り込まれる。小五のときだった。

この頃からだった。俺のダンスが歪になっていったのは。

『奏!もう少し周り見ろよ!!』

逸ってしまう俺は、よく先輩にそう怒鳴られた。

『バランス考えろって。お前ができるのはわかってんだからよ』

まだこの頃の先輩たちの言葉は、純粋なアドバイスだったかもしれない。

なのに、先生はいつも、俺じゃなくて先輩たちを咎めていた。

『いいよな、オキニは』

『あーあ、俺もあんな綺麗な顔で才能に恵まれてたら、人生イージーだったのにな~』

そのうちに先輩たちの目が変わったのは、俺も納得の結末だ。

でも俺は、ダンスだけは好きだった。
だからやめたくなかった。

学校に友達がいなくても、スクールで仲間たちに疎まれていようとも、ダンスだけは俺の味方だった。それがあれば、別に他はどうでもいいとさえ思うようになっていた。

音が鳴っている間、俺は俺じゃなくてよかった。

だから音が鳴っていない間は、極力大人しく、嫌われないように、みんなの思う“そつがなく才能に恵まれた神童”でいることにした。

元々誰からでも好かれるような人間では到底なく、亮人以外の子に二人で遊びに誘われることは、一度もなかったように思う。

冗談を言い合えるような仲なのも、亮人だけ。

かっこいいね、綺麗だね、と寄ってきてくれる女の子は、俺の口調が少し崩れただけで、イメージと違う、と去っていったし、初恋の子には『奏くんと恋愛なんておこがましくて無理』と陰で言われていた。

そういうのも全部、ダンスの肥やしにしようと決めたんだ。

事実、中学に上がってからの俺は、無双状態だった。

プロのダンサーさんに講評してもらったときに言われた。

『奏は普段とのギャップが最高だ』、と。

ちゃんと肥やしにできてんじゃん。そう思った。自信がついた。
このやり方で合っているんだって。

それが、だ。
突如現れたアイツが、プロでもなんでもない、俺の後ろで踊ってたアイツが、たった一言言ったんだ。

『雪村のダンス、見ててこえーよ』

……俺のダンス、やっぱおかしいんじゃん。

なのに、どうしてだかコンテストでの成績はいつも通りで、じゃあ俺のダンスって一体どこを評価されてるんだろう、ってわかんなくなった。

ど素人が見てもわかる異常さなのに、プロはそれを評価してる??

結果的に俺の最後の出場となったコンテストで、試してみたんだ。

なにも考えずに、俺が思うまま、ただ感情をぶつけるだけのクソみたいなダンス。
俺の中では全然楽しくない、ゼロ点のパフォーマンスだった。

だが結果は、優勝。

俺はもう、わからなくなった。

そして同時に、そんな最悪のパフォーマンスをしたにも関わらず、優勝できてよかった、とも思ったのだ。

俺は自分がなんのためにダンスをしているのかが、わかってしまった。

だからもう、踊らないと決めた。

これ以上、大好きだったダンスを嫌いになりたくないから。



「雪村ぁ。遊びいこーよ」

「行かねーっつの!!」

「またこれかよ……」

最近、幼馴染の奏は、雰囲気のあるイケメン後輩に付き纏われている。

でも奏の態度的に、本気の拒絶ではなさそうだから野放しにしているのだけれど。

「あのー、幼馴染さんっすよね??」

いよいよ俺のところまで実害が及び始めていた。

「うん…。君はあれだよね、奏に懐いてる…」

「はい。市原銀二っす」

「あ、松本亮人っす」

「亮人先輩、聞きたいことあって。今ちょっといーっすか?」

グイグイくるなあ、この子。

俺は手を引かれるまま、中庭のベンチに腰を下ろした。

「あの単刀直入に聞きます。雪村ってなんでダンスやめたんすか?」

「おう、剛速球……」

奏の昔のこと知ってるって言ってたから、まあそういう話だとは思っていたが、あまりにもどストレートだな。

この子のまっすぐな目、ダンスしてた頃の奏にそっくり。

「奏に直接聞けばいーじゃん?」

「教えてくれなさそう……。ていうか若干俺の責任もありそうな感じで」

「ん??そうなの??」

「この間、もう一回ダンスやろうって詰めたら逃げられたし……」

「あちゃーそりゃそうだわ」

奏、わかりやすいけど素直じゃねーからなあ。

でもたぶん、嬉しかったと思うんだ。
だってアイツ、あんなにダンス好きだったんだから。

奏の家は、俺んちの二軒隣で、幼稚園から大学までなんだかんだ、ずっと一緒に通っている。

かと言ってベタベタな関係でもなく、俺は他の友達や彼女と遊ぶことも多かったし、奏もほとんどの時間をダンスに割いていた。

たまに、奏からゲームやろうとか、俺から漫画貸してとか、そんな感じで遊ぶみたいな関係だった。

だけど、小学校高学年の頃から、その頻度がぐんと上がった。
ダンスの大会の一週間前からは、ほぼ毎日。
前日は眠れないからと、いつも俺の部屋で寝ていた。

なんとなくずっと、生きにくそうな奴ではあった。
というか、周りがそうさせてた。

俺一人の力でどうにかできる規模でもなくて、情けないけど俺は隣にいることしかできなかったが、奏にはダンスがあったから、そんなに心配していなかったんだ。

でも、普段大食いの奏が、大会前にはフルーツしか喉を通らなくなったり、笑ってたかと思えば急に歯を食いしばっていたり、どんどん、苦しそうになっていった。

俺はますます奏から目が離せないようになり、当時の彼女には『奏くんばっかり!』なんて振られたことさえある。

それでもいいと思えるほど、あの頃の奏は危なっかしくて、目が離せなかった。
気を抜いたら、手を離したら、どこか遠くに消えてしまいそうだった。

『俺、もうぜんぶ、やめる』

あれは中三の秋。台風で学校が休校になった日だった。
家で大人しくしていろと言われているのに、こいつは傘もささずカッパも着ないで、びしょ濡れで俺の家の玄関に立っていた。

なんかもう、たまらなかったんだ。

なんでこんなに普通の、どこにでもいるクソ男が、こんな目に合わなきゃならないんだ、と。

虚像無像の果てにあるのが奏のこの姿なら、俺はもう少しなにかできたんじゃないかって、今でも思う。

『とりあえず拭けよ。梨、食べるか?』

『……ポテチがいい』

次の大会まで一週間を切った頃。
奏がフルーツ以外のものを食べたいと言って、俺はほっとしてしまったんだ。

やっとコイツ、普通に戻れるんじゃないか。
やっと、解放されるんだなって。

だけど、今の上っ面だけの奏を隣で見ていると、時折思うんだ。

あのとき楽になりたかったのは、俺なんじゃないかって。
本当はあの日、奏は俺に止めて欲しかったんじゃないかって。

「……なんでかは、俺からは上手く言えないけどさ」

お前なら、なんとなく、どうにかしてくれそうな気がしてたんだ。

「奏は、負けず嫌いだよ」

だってさ。奏と同じ目してんだもん。

「それで今でも、絶対ダンスが好き」

頼むよ、市原。
奏のこと、そっちに連れ戻してやってくれ。



亮人先輩の話、もうあれ、要するに力づくでってことだよな??

雪村がこの大学のダンスサークルにいるという噂を聞いたときには、耳を疑った。

なんであんな才能の塊が、狂気じみたダンス野郎が、無名の大学のサークルにいるんだよって、もはや怒りすら覚えた。

高校を卒業してフリーターをしながらダンスを続けていた俺は、突如手に入った大金のせいもあって、勢いに身を任せ、この大学を受験することに決めた。

そしてあの日、一際目立っていたかつての神童は、銀色の綺麗な髪を風に靡かせ、へらへらと笑って、“ゆるい”ダンスサークルのビラを配っていたのだ。

かつて、たった一日だけアイツの後ろで踊れた日。

小柄だと思っていたアイツの背中はあまりにも大きくて、俺は息を呑んだ。

焦点があやふやな瞳には、滾る情熱が閉じ込められていた。

音が鳴りやむと同時に、その背中は小さく丸まって、でもその目に宿る炎は全然弱まっていないのが、あまりにアンバランスで、すごく怖かったんだ。

火が消える直前みたいな、かろうじでそこに立ってる姿が、怖かった。

それでつい、声を掛けてしまったんだ。
なんだかこのままじゃ、消えてしまいそうだったから。

でもコイツ、俺のダンス動画見せたとき、おんなじ顔してたんだ。

まだお前の中にあるんだろ、あのときの禍々しいほどの情熱。
そんなどでかいの隠して、上っ面で笑ってんなよ。逃げてんじゃねーよ。

お前みたいな才能の塊を、趣味:ダンスで終わらせたりしねえ、絶対に。

「おい、雪村!!」

「うわっ、おまっ、ボリューム気をつけろよ」

「ごめん。でもすぐ言いたくて」

今みたいな、柔らかい、そのまんま王子様みたいなのも悪くねーけどさ。
お前、本当はそうじゃないじゃん。

「学祭、一緒に出よう!!」

「……はあ!?!?」

な、これだろ。
お前のその必死な顔、俺は結構好きなんだよ。



【第二話】
https://note.com/preview/n26734ec84634?prev_access_key=8b51cfa583df10fc5baf188ebefb12a6

【第三話】
https://note.com/preview/ndbff07440f52?prev_access_key=c362ad04f5eb334a07aa155c774e4427

#創作大賞2024 #漫画原作部門 #BL

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