あの夏の銀世界 第三話
学祭当日。
踏ん切りつかない俺の家に、亮人が迎えにきたから、だ。
だからしかたなく、学校に向かっているだけだ。
あの日、市原の家に泊めてもらった日。
俺の中で凝り固まっていたしこりが、ほんの少しだけ柔らかくなったけど、だからといって、ハイ!学祭で踊ります!とはならないのが、人間だろ。
なんていうか、もう少し時間ください、的な。
電車を待つホームで、亮人が不意に俺の顔を見上げた。
「俺さ、奏のダンス、あんまり見たことないんだよね」
「あー?だって誘ってもこなかったじゃん」
亮人は昔からそうだった。
何度も誘ったけど、興味ないしわかんないから、の一点張り。
「そう。なんか怖かったんだよ。俺の知ってる奏じゃないんだろうなって思って」
「ふーん。なんか今、焚き付けようとしてるよな??」
「ばれたか」
「へたくそか」
「市原のあの目さ、大会前のお前とおんなじだよな」
「…は!?」
「気付いてねーんかい。同族嫌悪なのかと思ってたわ」
あの目が、俺と同じなわけないだろ。
だって俺、あの目嫌いだ。
「パンピーの俺には全然わかんねーけどさ。とりあえず市原がいれば大丈夫なんじゃね?」
「お前、無責任にも程があるぞ……」
「あははは。そう、無責任は俺の専売特許」
「それ中学んとき言われてたな」
ダンスをやめると決めた日、俺はなぜか無性に、亮人の部屋のタオルケットに包まりたくなった。
コンテストの前日、決まって俺はそれに包まっていたからかもしれない。
亮人のゆるい話し方で、なぐさめて欲しかったのかもしれない。
隣でただ普通に、漫画でも読んでてくれるのが、亮人以外思い浮かばなかったんだ。
「……俺、亮人しか友達いねえからなあ」
「十分じゃね?俺と友達なら」
「ほんっとお前、適当だな」
適当すぎるお前に、こんなふうに背中押されることがあるなんて、思ってもみなかった。
俺ずっと、亮人に心配かけてたのかな。
そんなのさすがに、思い上がりか。
三度目の学祭、賑やかな構内が、俺を逸らせる。
やる……のか?俺??
でも人前で踊るのなんて、四年ぶりとかだぞ。
やろうとしてできるようなもんじゃない。
しかもこれからってときのブラレンのステージだ。
俺が汚すわけにはいかないんじゃないか…??
「はい、捕獲」
「うわっ!!背後やめろって!!」
「ちゃんと来たじゃん。えらいえらい」
「さわるな!!」
俺たちのそれを見ていたのか、周りできゃーきゃーと黄色い声が聞こえだした。
「控室行く?」
「……行かねえ」
「なんでだよ。写真めっちゃ撮られてるよ?」
「嫌だけど、控室行くのも嫌ってことだよ!」
あー俺、本当素直じゃねーな。
ビビってるって、言えばいいじゃん。
市原口うまいし、絶対なんかそれなりのこと言ってくれんのに。
「……そ。まあいいよ、下で見てなよ」
「うぜぇ……」
「絶対、こっち来たくなるに決まってんだから」
もはやアイツのあれ、マインドコントロールの一種なのでは??
なんの根拠もないくせに、なんであんな自信満々なんだよ。
なんか本当に、そうなりそうな気してきちゃうだろーが。
『さあ、それではみなさんお待ちかねのーっ!?』
『ブラッドレングのステージです!!』
『きゃーっ!!!』
言われた通り、俺はステージの下、観客席にいた。
思っていたよりもずっと観客は多く、応援うちわ持ってる子とかも結構いる。
俺が出るとか、場違い感半端ねえぞ。
~♪~
バスドラムの8ビート
イントロ、聞いたことある。
周りの観客がわっと一堂に盛り上がった。
SNSでバズった、ブラレンの代表曲だ。
1カウントごとに一人ずつステージに姿を現す演出。
歓声が一際大きくなったのは、不動のセンター“GINJI”。
市原をセンターに五人が揃えば、もうそれが完成形にしか思えなかった。
一糸乱れぬダンス、統率された意志を感じる。
その先頭は間違いなく、市原だ。
ギラギラとした熱が、こっちまで伝わってくる。
揃いの衣装に揃いの帽子を被って、五人で一つみたいだったのに、ソロパートは全員の熱量が凄まじい。こと市原銀二は、俺に関節の使い方がどうとか言ってたくせに、断然俺よりもしなやかで人間離れした動きを見せていた。
ああ、なんだよコイツ。
俺と、なんてぜってー嘘じゃん。
俺に、見せつけたかっただけだろ。
曲の終盤、揃いの帽子が宙を舞う。
露わになったその顔は、繰り返し動画で見ていた市原とは違った。
真っ直ぐに俺の姿を捕えて、得意げな顔。
むかつく。なんだよそれ。
なんで。
なんで、俺、悔しいって思ってんだよ。
「奏ーっ!!!」
マイクを通さない、市原の地声が響いた。
「上がってこいよ!!!」
もうお前、それやりたかっただけだろ。
そうやったら俺がたまんなくなるの、わかってんのかよ。
まじでなんなのお前、俺のなんなんだよ。
むかついてんだ、俺。
むかついてんのにさ。
目の前がキラキラして明るいんだよ。
手、伸ばしたくなっちゃうんだよ。
「見てるから。行ってこい」
亮人の手が、背中を押す。
「奏っ!!」
ステージから、市原が手を伸ばす。
情けないなあ、俺。
一人じゃなんもできなかった。動けなかった。
亮人がいて市原がいて、それでやっとじゃん。
情けな。
「なーに泣いてんだよ」
あーこれ、涙か。
だから目の前、あんなキラキラしてたんだ。
「……お前、性格わりーよ」
鼻をすすったときのツンっとした痛みが、これが現実だと告げる。
ステージから見下ろす観客席。
注がれる視線。
神だ、王子だと囁かれる声。
「奏がセンターな」
「は!?」
「ほら、曲、始まるよ」
そう言って押し出された背中。
センターって、それはさすがに無理じゃね…!?
~♪~
……あ、この曲。
なにも考えなくても、勝手に体が動く。
リズムをとってる。骨の髄まで刻まれた記憶。
ちらりと後ろに目をやったら、アイツまでなんか泣きそうな顔してて、力が抜けた。
お前はほんっと、いい性格してるよ。
人の心の一番柔らかいところ、ぐさっと、ね。
あの日、俺たちが初めて会った中学二年の夏。
スクールの課題曲で、一番王道のやつ。
かつてミニッツでセンター張ってた俺と、その後ろで踊ってた、見学にきてたお前。
なんで今、無名の大学の学祭でこれ踊ってんだよ、俺たち。
あのときと違うのは、振り返ればお前が見てるってことだ。
市原の期待にも、背中を押してくれた亮人の期待にも、応えたい。
貴重なブラレンのステージ時間、誰にも後悔させたくない。
俺は俺の持てる全部で、みんなの期待に応えたい。
そう思ってるのに、俺の身体はもう言うことを聞かなかった。
久しぶりのダンスが楽しくて、背後から感じる火傷しそうなほどの情熱が胸を滾らせ、もう衝動を止められなかった。
楽しい。ダンスが、ちゃんと楽しい。
どうして俺、今日まで忘れてられたんだろ。
俺が俺じゃなくなるこの感覚。
みんなの目に光が宿る瞬間。
俺はやっぱり、ダンスが好きだ。
まだちゃんとダンスを愛してたんじゃん、俺。
