【ちょっとラブ💕コメ小説】『次の桜が咲いても、君の隣にいさせてよ!』(1)
『あの頃、私たちの1年は、今よりずっと長かった――』
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第1章:春——それぞれの距離
第1話:午後の図書室と、噛み合わない2人
北海道、札幌の春――。
放課後のH高校2年C組は、賑やかなざわめきと、どこか気怠い空気に満ちていた。
「大鷺ー! さっきは用具室の片付け、手伝ってくれてサンキュな!」
「おう」
サッカー部のクラスメイトから投げかけられた声に、大鷺陸(おおさぎ りく)は素っ気ない生返事を返す。
小学生から空手の町道場に通っているせいでガタイが良く、おまけに目つきが悪くて、普段の顔つきもどこかふてぶてしい。
時々、校内の女子の一部から「ふとした角度で、最近人気の韓国アイドルグループ『プノンキットゥル』の『ポルセ』に似てなくもない」などとヒソヒソ噂されることもあるが、当の本人はそんな評価には興味のかけらもなさそうで、周囲からは「やや威圧感のある近付き難い奴」と遠巻きにされることのほうが多かった。
それでも、体育館の片付けを手伝ったり、機嫌がいいときはクラスメイトにジュースをおごってやったりと、仲のいい友人も何人かはいる。
空手のために鍛え上げられた陸の体躯は、静寂が求められる場所においてはオーバースペックで無駄に大きく見えてしまうこともあるが、そんな彼が所属しているのは運動系の部活……ではなく、放課後の今、彼が目指している目的地も体育館やグラウンドではない。
陸が今日も目指すのは……校舎の北側にある静かな建物だった。
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本来なら静寂が支配するはずの放課後の図書室は、今日も今日とて穏やかとはほど遠かった。
「大鷺くん、返却本の分類ラベル、また間違ってる! 日本十進分類法、ちゃんと覚えてって言ったよね?」
「あー、あのめんどくせーやつか。文学の『900番台』と歴史の『200番台』がちょっと混ざっただけだろ、ったく」
「『ちょっと』じゃない! 棚の乱れは心の乱れよ! 図書委員としての責任感を持って!」
返却ワゴンの前で、眉をひそめて正論で詰めてくるのは、同じ高2で別クラス、「図書委員長」であり、且つ校内誌『ピンク鳥通信』の「編集長」を兼任する鷺沼詩織(さぎぬま しおり)だ。
大学受験で忙しくなる3年生から早々に「委員長兼編集長」のバトンを受け取った詩織は、今日も気合い十分である。
整ったハーフアップの黒髪からチラリと覗く、左耳の銀の小ぶりなピアスが怒りに揺れてキラリと光る。
相対する陸はというと、パイプ椅子に深く腰掛け、ふてぶてしい面構えのまま欠伸を噛み殺しながらだるそうに応対していた。
正反対の性格の2人がいがみ合っている光景は、もはやこの図書室の日常風景でもある。
子供の頃から大の小説好きである陸は、このH高校の図書委員会に所属している。
「だいたいね、大鷺くん! 本の分類もだけど、校内誌『ピンク鳥通信』の来月号締め切りまで、あと3日だよ?! 大鷺君が担当する『おすすめ格闘技本コラム』の原稿、まだ1行も提出されてないんだけど!」
「あー……うるせぇな詩織。大声出すなよ、ここ図書室だぞ。声の乱れは……アレだ、棚の乱れだ」
陸はパイプ椅子に深く腰掛け、ふてぶてしい面構えのまま詩織に毒吐いた。
制服のブレザーの上からでもわかる体格の良さと、目つきの悪さ。
おまけに態度は1ミリも悪びれる様子がないときている。
「訳分からないこと言ってないで、原稿の進捗どう?! さあ、誤魔化さずに即答して! ハキハキと答えて!」
「書いてる書いてる。頭の中でな」
「それは『書いてない』って言うの! 『筆が進んでない』とも言うの!まったく……普段からふてぶてしい態度のくせに、締め切りギリギリにならないと動かないんだから!」
「でもさ、『筆が進んでない』って、何か、サザエさんの伊佐坂先生みたいでカッコいいよな?」
詩織は「むむむ……」と眉間にしわを寄せてむくれる。
ハキハキとした通りやすい声でテキパキ進行管理をこなす『しっかり者』の編集長だが、こうやってからかうとすぐに感情が顔に出る。
(……まあ、仕事に関しては一切の妥協を許さない真面目女子なのは認めるが)
陸は心の中で冷静に詩織を分析した。
「だいたい、大鷺くんは力仕事だけじゃなくて、実は……見た目によらず読書家で……ホントにホントに見た目によらず文章もそこそこ上手いくせに……どうしてそうやってサボるかなぁ」
「サボってねぇよ。寝かせてんだ! あ、熟成させてるともいうな」
「屁理屈!」
詩織がハーフアップの髪を耳にサッとかけたとき、再び銀のピアスが静かに光った。
文句を言いながらも、彼女の手元は止まらない。
定規と赤ペンを器用に使い、1年生の委員メンバーから寄稿された記事のレイアウトをテキパキと組んでいく。
涼しげな瞳と整った眉、顔立ちも整っており、同学年にも密かなファンがいるのを陸は知っている。
(俺にはただのうるさい同級生だがな)
陸は心の中で独り毒付いてから、ふと作業スペースのさらに奥、静かな本棚の影に視線を遣る。
そこにいるのは、3年生の燕坂凛(つばめざか りん)だ。
目元を覆うような長めの前髪で、華奢なシルエット。
普段から存在感を消すように静かに過ごしており、声が小さくておとなしい先輩だ。
「凛〜、短編小説の挿絵、これで合ってる?」
「……あ、うん。ありがとう、純……すごく素敵」
凛の隣でトーンナイフを握りしめているのは、イラストを担当している3年生の笠佐木純(かささぎ じゅん)。
こちらは、凛の親友で、2人は図書室でも隣同士に座って作業することが多い。
「凛さん、さっきの原稿のデータ、詩織のパソコンに転送しときます」
「……あ、うん。ありがとう、大鷺くん……」
消え入りそうなボソボソした声で陸に返事をする凛。
陸と凛とは作業の合間にごくごく事務的に接するだけで、会話はなかなか続かない。完全に背景と同化しているかのような先輩に、陸はそれとなく尋ねた。
「……凛さん、進んでます?」
陸が声をかけると、ひときわ静かな気配が揺れた。 目元を覆うような長めの前髪の間から、凛の伏せられた長いまつ毛と、吸い込まれそうな瞳がチラリと覗く。
「……あ……うん……。まあね……」
普段は存在感を消すように静かに過ごしている凛だが、彼女はこう見えて、H高校の月刊校内誌である『ピンク鳥通信』で短編小説を連載している。
彼女がキーボードに向かう時の眼差しだけは、どこか遠くの深い場所を見つめているように真剣だ。
プロの作家を目指しているという彼女の執筆速度は決して早くはないが、打ち出される言葉選びに、ハッと息をのむような切れ味があると陸は一目置いていた。
「凛、無理して大鷺くんが落としたページまで埋めようとか甘やかしちゃダメだよ〜。 陸くんが締め切り守らなさそうな分は、私が後で胸ぐら掴んで書かせるから!」
話しながらも、デザイン用のトーンナイフの手を止めない純は、なかなかに勝気な性格であり、正反対のキャラである凛とはいいコンビだった。
「純……大丈夫。大鷺くんのせいじゃないよ。私の方こそ……遅くて……」
「凛さん。俺のことは構わず、先に行ってください。自分のペースで書いてください。凛さんの小説、楽しみにしてる読者多いんだから」
「……えっ? 楽しみにしてる読者って……ほんと……?……陸く……あ、大鷺くん…… 」
「……んー……まあ、知らんですけれど」
からかわれた凛は、ぷくっ……と微かに頬を膨らませたが、根っから内気な彼女は特に言い返すでもなく、自分の執筆作業に戻るべくPCに向き直った。
伏せられた目元のすき間から、左目の下にある小さな「泣きぼくろ」が覗く。
期待通りの文章が出てこない時のクセで、凛がキーボードを叩く細く白い指先が、また細かく震えていた。
本格的にプロを目標に見据えて執筆に打ち込む凛。
自分の絵が形になる喜びを知っている純。
いずれ自分もあわよくば物語を紡ぐ側になれたら、なんてどこかで甘い夢を抱きながらコラムを寄稿する陸。
そして、そんなバラバラな熱量や個性を一冊の『ピンク鳥通信』という形に束ね上げることに情熱を注ぐ詩織。
そこに、先輩たちの熱に引き当てられながら黙々と校正紙を揃える1年生の女子部員や、印刷機の横でインクの匂いにまみれながら裁断作業に勤しむ同じく1年生の男子部員が加わる。
本の貸出や整頓など図書室のサービスを提供する合間に、皆で図書室の片隅に集まり、紙の匂いやキーボードを叩く音や、インクの香りが静かに混ざり合う空間で、月刊校内誌を一緒に作り上げる。
そのクリエイティブな共同作業と、そこに漂う心地良い緊張感こそが、図書委員である彼らをここに留めさせている理由なのかもしれない。
(つづく)
※本作は完全なるフィクションであり、筆者の実体験をベースにした物語ではありません。
