見出し画像

読了本感想⑯『異常(アノマリー)』/エルヴェ・ル・テリエ

 本作を読み終えて、文庫の帯に書かれていた『あらすじ検索禁止』の文言が、決して大袈裟なものではなかったのだと思いました。

 登場人物たちが乗っていた飛行機に「いったい何が起こったのか」が分かるまで、情報を小出しにされる状態がかなり長く続くのですが、ダレることなど一切なく、緊張感を持ったまま、一気に読めてしまいました。
 そして、「いったい何が起こったのか」が分かった後も、そこで急速にテンションが下がることもなく、(そういった作品も多いですが、) 最後まで楽しく読めました。

 私見ですが、やはり私はSF作品というものには、出来るだけ大きな風呂敷を広げて欲しいと思うのです。せっかくSFを読むのですから、純文学などでは味わえないような大きなテーマ、人類全体を射程に収めるようなスケールの大きな問題や、宇宙規模の大トラブル、そういったものに我々読者を直面させて欲しいと思うのです。
 つまり、単一の事物や観念だけを物語の対象とするのでなく、我々が住むこの世界そのものを異化するための装置であって欲しいのです。個人の顔が写るだけの小さな鏡で満足せずに、地球そのもの、あるいは宇宙そのものが写るような大きな鏡を目指して欲しいと思うのです。
 ただし、その風呂敷なり鏡なりが大きければ大きいほど、作者はその畳み方に苦労することになるのだとは思いますが……。

 その点本作は、これでもか、というくらいの大風呂敷を読者の前で広げた上で、畳み方もそこそこ上手だったのではないかと思います。

 また本作には、通常の「サイエンス・フィクション」としてのSFの面白さだけでなく、「スペキュレイティブ・フィクション」としてのSFの面白さの部分もあるのです。起こった問題に対して各登場人物たちがどういった対応をみせるのか、ということを通して、我々読者にも、「運命」や「アイデンティティ」などといった様々な問題に対峙することを要求してくるのです。
 しかも本作はそういった大仕掛けの部分だけでなく、ヒューマンドラマ的な部分もしっかりと書かれているために、アイデア先行の作品が陥りがちなリアリティの欠如などもほとんど感じられないのです。きちんと描かれた人間の心理を元にした、純文学的な人間ドラマを楽しむことも出来るのです。
 さらに本作には文章の書き方に工夫を凝らしたポストモダン文学的な要素を感じられるところもあり、一冊で様々な楽しみ方が出来るようになっていると思います。

 ついでに言うと本作には、作者が同じフランスの人だからでしょうか、皮肉が効いているところなど、どこかM・ウェルベックの作品的な雰囲気もあります。能力値を示す五角形のグラフで言うならば、インテリ度の項目をマイナス2した代わりとして、エンタメ度の項目をプラス3したウェルベック、といった感じではないでしょうか。
 そういった点も含め、普段SFを読まない方にも入りやすい作品だと思いますので、是非とも読んでみて欲しいです。

 ……それにしても、ハヤカワepi文庫というものは、どうしてこんなに素晴らしいのでしょうか。私はすでに何冊か読んだのですが、今まで一度も外れたことがないのです。全てが良作だったのです。海外文学を読みたいけれど何を読んだらいいか分からない、という方がもしいましたら、ハヤカワepi文庫から選んでおけばまず間違いないと思いますので、是非! 

いいなと思ったら応援しよう!