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僕は君になりたい。 第65話「試練の夏コン 響け、 新たなルイの歌 開幕!」




 #65




ビデオレターのような形で、僕は全国のファンに向けてお詫びをすることとなった。

右膝を負傷したこと、それにより十分なパフォーマンスができなくなったこと、それを補うために歌のほうで頑張ること、プログラムや『女神降臨‼︎』のコンセプト演出に多少の変更が出ることなども伝えた。
特に既に出演を見合わせた仙台公演に関しては、これでもかというほど「申し訳ございませんでした」という謝罪を繰り返した。

この埋め合わせを何か出来ればとは思うのだが、出来るかどうか…かなり難しいと思う。

せっかく僕仕様にあつらえた衣装の数々も、そのために不使用になったりした。
月ウサギの着ぐるみは、僕が着用するのは恐らくもう無理なので、あかりが「代役」という形で身につけてくれるそうだ。身長や腕の長さなど、美咲よりも適しているというのもあったが、彼女が率先して買って出てくれたらしかった。

そして、綾香のタヌキ着ぐるみ、アヤポンと相撲を取るのだと張り切っているという。

月の星の女神の衣装も、黄金色のマントは暑苦しく重いということで薄いレモンイエローのオーガンジーという透けた生地に変更された。アクセサリーも極力軽い素材ということで、金属をプラスティックのものに変えたり、スパンコールもかさばるし多いと重いということで、少量で済むようなデザインに変更されたりした。

サポーターで固める足はなるべく隠すように、ミニスカートは膝丈、または足首より上程度のロングやパンツスタイルに、パンプスやブーツはほぼフラットのものへと変えられた。


「その代わり、メイクは凝らせてね。琉唯ちゃんでしたかったメイク、ぜーんぶさせて欲しい!」


スタイリストでメイキャップを担当している滝雪乃さんに目配せされ…。

僕は、引き攣った笑顔で「…ぜんぶ?」と思いながらうなずいた。



 ☆




とにかく、僕はいても立ってもいられなくて、早速1人でレッスン室を借り切り、レコーダーを持ち込み曲を流して歌った。


「ギターとか、ピアノとか自分で弾ければな…」


レッスン室には、アップライトピアノがあったが僕は簡単な童謡のメロディも片手で弾くのがやっとのレベルだ。

このとき、初めて弾き語りができたらな、と思った。


それと、本当は立って歌いたかったが、とにかく普段は安静にしていなさいと言われているし、ずっと立っているとやはり痛みが出て体力も消耗する。必要な場合だけ立ち上がって歌おうと思い、丸イスに腰かけて発声から始めた。


ステージで、座って歌うことも想定される。
そう思えば座位で歌うのも大事な練習だろう。


「琉唯くん」


不意に、扉がガチャリと開いた。
1曲歌い終わり、一旦レコーダーを止めたときだった。


「…は、花岡先生!」


「個別レッスン。良かったら手伝おうか?」


「え? え、いいんですか? うれしいですけど…」


「『満月』、『Kiss Kiss Kiss』、『シャインデュー』を歌う予定あるでしょ? ピアノ弾くよ…それと、試しに『満月』のアレンジバージョンを歌ってみない? 難易度少し上げてみたんだ…僕には音が高過ぎちゃって歌えない部分もあるけど、君ならいけると思うんだ」


「ア、アレンジバージョン…」


『満月』は普通でも難易度が高いほうの曲だと思う。それが、更に難しいって…僕に歌えるのか?


「とにかく、ちょっと聞いてみてよ」


花岡先生はピアノを弾き始めた。

超高音の部分は裏声のハミングにして、それらしく歌ってくれた。
ドラマティック度も高くなり、強弱のポイントも多い。半音階も倍増し、明らかに難易度は少しどころか…かなり上がっている。


「どう? 歌いたいでしょ?」


「…はい。でも、今からで間に合いますかね…」


「間に合うよ。だって、君はもう歌えるもの」



まただ。


ハードルを上げて、僕を挑発してくる。
負けず嫌いの僕だから、意地でも食らいついてくると思っているのだろうが、今の状態では体力が気力に追いつかない。

僕は、優しい顔の鬼教官に言った。


「…じゃ、ピアノお願いします。歌えなかったら、出来るまでレッスンしてくださいよ」


「もちろん。でも、その必要はないと思うよ。僕はいつも本気で言ってるからね」


そして、ピアノが始まる。

深呼吸して座り直す。

最初のフレーズからして、微妙なアレンジが入っている…。

覚え切れないくらい、だ。

それを、まだ一度も歌ってないのに「もう歌える」って…どれだけ買い被ってるのだろう。


僕は単にちょっと歌えるソプラノボイスの男というだけで、当代一の歌姫でもない。
『満月』がウケたのだって、単純に歌詞と曲が良かったからだろう。

僕の、手柄ではない。



…あ、え? でも。

意外と…歌える、かも。



歌い出して間もなく、僕はふと思う。

高音は苦しい部分もあるけれど、全体的にはそれほど難しくないのか…?
完璧に覚えて、感情移入できれば、もっとスムーズにいける気がする。



…え、オレ。

なんか、すげーんだけど…。


…えーと、なんだ?

もしかして、天才?


「やっぱり、思ったとおりだ。楽勝だね! 何度か歌い込めばもう完璧だよ。…じゃ、次はノーマルバージョン行こうか。アレンジに釣られちゃわないようにだけ注意してね。
…いやぁ、それにしてもやっぱり君は天性の歌手だよ。その歳でこれだけ歌えるんだから!」


「…あ、いや、そこまででは」


僕が照れて、もじもじしていると、花岡先生はきっぱりと言った。


「謙遜しなくていい。自信を持って歌いなさい。月城琉唯は、たとえ踊れなくても、歌だけで観客を十分魅了できるアイドルだ」


普段は柔和な先生の目が、射抜くように僕の顔を真っ直ぐに捉えていて、僕は動けなくなる。


「…踊れなくても、オレは…いや、月城琉唯は…」


「そう。十分すごいアイドルだ。大丈夫、すべて上手くいく。君は運を持っている。このピンチだって、きっと君にとって必要な試練なんだ。ファンは君を待っているよ」


「先生…」


「……そういえば、写真家の柳生至成さんにプライベートで写真撮ってもらったんだってね。大物女優が何度懇願してもなかなかイエスって言わない人らしいじゃないか。すごいことだ」


「…はあ。そうなんですか?」


「そうだよ。聞けば、写真集のときだけじゃなく、今回も彼のほうが君に撮らせてくれって懇願してたって話だけど、本当なの? 信じられない」


「えー…」


僕は大分ごねた。
ごねまくったのに、押されてしまった。
だって、いきなり脱げって言われたのだから、そんなの横暴だって思うのが普通だよね?


「…本当なんだ! ハハハ! さすがだ!」


「あのぅ、オレって…そんな魅力あるんですか? シセイさんにそれを分からせてあげるから、上だけ脱いで撮らせろって言われて、それが嫌で…それに今さらそれを知ったからって、何か変わるとも思えなくて」


「写真は見たの?」


「いえ、まだもらってないんで」


「じゃ、もらったらじっくり見てみるんだね。何か分かるかもしれないよ」


先生はそう言ってほほ笑むと、ノーマルの『満月』のイントロを静かに弾き始めた。




 ☆




今日は横浜公演、初日。

来週は、火・水曜日が静岡、土・日曜日が大阪。
再来週の金・土曜日に福岡。
そして、次の週の8月最後の金・土・日曜日に、東京公演。

ゆっくり休んでいられる余裕はなかった。
この隙間にも、テレビ収録や芸能雑誌何誌からかの取材がある。
僕以外のメンバーが交代で、これに対応するという。テレビはすべて僕抜きの3人で、雑誌は2人ずつ組んで交代で、または3人で、あるいは1人…のような感じで受けるらしい。
僕はというと、コンサート以外のすべてを休養に充てるようにという社長命令が下った。

ダンスの実練習は絶対厳禁。動画撮影やメモを取るだけなら可。本番仕様の歌のレッスンですら直前1回のみで、コンサートのリハも見学だけ。当日の最終確認のみ参加することなど…とにかく足の状態を回復することを最優先とするように命じられた。


「できるかなぁ…ほぼ、ぶっつけ本番なんだけど」


「できる! ダンスはしばらく無いし、歌なら完璧だし、段取り覚えるだけでしょ? 流伊の頭の良さなら絶対できるよー!」


綾香が僕を励ますが、僕は不安だった。


「なんかあったら、フォロー頼むな…」


「任せなさい! 『Goddess』だよ、私」


どんと自分の胸をたたいて、自分のソロ曲名を絡めながら言った後、軽く咳き込む綾香に僕の不安は強くなる。

あかりが、その後を受けて言う。


「そや、もしものときは、うちらが何とかするから大丈夫や。な? 美咲ちゃん」


「もちろん。大船に乗った気でいな!」


鷹揚に美咲が請け負う。
しかし、僕は誠さんから耳打ちされて知っていた。


僕が欠席した仙台公演、3人とも緊張で足が震えて、この能天気な綾香ですら1回転びそうになり、あかりは実際に1回つまずき、美咲はケガには至らなかったが、1度よろめき、2度つまずいたうえ、トークタイムの何でもない箇所で何度か声が裏返ってしまい、赤面していたらしい。


「彼女はリーダーで、責任感も強いから、お前の手前、何としても無事にこなしたかったんだろう。お前に余計な心配かけないようにな」



…思いやりと気遣いが過ぎるのも、問題だね。
美咲ちゃん。


僕はうっすらとほほ笑み「じゃ、よろしくね。リーダー」と美咲に言った。



 ☆




…目を、開く。



僕は暗いステージの真ん中に置かれた白いイスに座っていた。


この膝のせいで、大幅に変更になったプログラム。


踊らずに歌うだけの月城琉唯は、果たして本当に観客に通用するのだろうか?

憐れみだけの応援なら、いらない。



…第一声、響き渡らせてやる。



僕の、新しい『満月』。



いえ、違う…。


わたしの、


新しい、 『満月』   を…!




「…愛してるよ! 横浜の皆んな!」



立ち昇る、大歓声。
鎮まるのを待ってから、イントロ無しで歌い出す。


静かなピアノが、それについて来る。



『満月』 Teen Dream Remix…



さあ。



開幕、だ…。







おまけ画像。

“月の星の女神”


タイト気味から、ふんわりした衣装に変更。マイクはヘッドセット。杖を持つことになりました。
暗転から、この姿で登場して自分のソロ曲『満月』のアレンジバージョンを歌います。



【全話収録マガジン(連載中)】


『満月』 Teen Dream Remix
ぜひ聴いてみてくださいませー♪



『1番目アタール、アタール・プリジオス』も次話執筆中です。
こちらも、どうぞよろしくお願いいたします。




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