どうか縛らないでください 【掌編小説】 #アマノ文筆クラブ
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今日も妻は、自分のお気に入りの長い緑色のロープを持ち歩いている。
そして、いつも私に懇願してくる。
「ねえ、縛って!」
「…縛らない」
「縛ってよ!」
「縛らない!」
何なのだ、この会話は。
結婚して、15年。
私の妻は、体を縛られるのが大好きな変な女だった。
私は気が向けば今でも縛ってやっていたが、苦労して縛ってあげた後で、妻が“縛られ感”に満足して「解いて!」と命令するのに従い、それを解くという作業の虚しさに、もう疲れていた。
「解放感! 最高!」
「縛り、解く」という作業の面倒を、全部私に押し付けておいて、1人だけ快感に酔っているのだから、お気楽だ。
裏を返せば、私を信頼しているのだろうが、さすがにもう嫌になってきた。
「あなたもやる? 縛ってあげようか?」
「嫌だ」
「気持ちいいのに」
「僕は縛られたくなどない。動けなくなるなんてごめんだ。耐えられない」
「大丈夫だよ。私が信用できない?」
「できない」
「もう! 人が折角縛ってあげるって言ってるのに。あ、志葉子。縛ってあげようか?」
通り過ぎていく12歳になる我が子に向かって、虐待的な言葉を吐く。
「え? いいの? 縛ってー!」
志葉子は『しょうこ』と読むが、『しばこ』とも読める。妻の嗜好が見事に遺伝している。
嬉々として、ロープに巻かれ、喜んでいる。
もう、どうでもいい。
私は新聞を畳んで立ち上がると、吐息しながら居間を出て、便所のドアを開けた。
「うっ、何してるんだ? お前」
便所にいたのは、志葉子の兄で長男の史春だ。
両手を後ろで縛られて、パンツを下ろしたまま便器に腰掛けている。
「何って、トイレで縛られてるだけだけど?」
「だれに?」
「だれ? 母さんに頼んで縛ってもらった」
「なんでだ」
「縛られたくて」
私は目眩がした。とにかく、息子のパンツを上げて外に出し、自分の用を足した。
…息子も、だったか。
いつも、私の目の届かないところでやっていたのか?
それにしても、こいつは馬鹿なのか?
迷惑にもほどがある。
そんなことも気にかけず、ただここで縛られてみたいと思ったのか?
まさか妻がここまで自由に(縛られ)させていたなんて…私も認識が甘かった。
そういえば、史春も『しばる』と読める。
『ふみはる』と名付けたはずなのに。
軽い絶望を覚えた私は、しばらく立ち尽くしていたが意を決して妻に訴えた。
「多葉音(たばね)さん」
「なに? 縛るの? 縛ってくれるの?」
「一つだけお願いします」
「何です?」
「…どうか、もう縛らないでください」
「え? なんで? 嫌ですけど」
意味が分からないのだろう。
確かに今更だけど。
“縛り”は時に、快感なのも分かるけど。
「さよなら、多葉音さん」
「え? 待って、解さん!」
そう、私の名前は『解』と書いて『ほどく』と読む。珍しい名だ。
名は体を表す。
私は縛るより解くほうが得意なのだ。
そして、解くには、縛られている対象が必要で…。
それで、私は多葉音を愛し結婚したが、もう自分たちも若くはない。その頃の元気もない。いい加減にして欲しかった。
「縛ることにも、解くことにも、もう疲れたんだ。だから、君がそれを止めないというのなら、別れる…解散だ」
私は言って、そのまま家を出た。
「どうか縛らないでください…か」
変な願い事だよなと、苦笑する。
しかし、私はハッとした。
家を出た自分は手に何かを握り締めていた。
恐る恐る、確かめると…
それは、先ほど妻が持ってきて、私に差し出し「縛って!」と乞うてきた、あの長い緑色のロープだった。
ああ、もう…
私もとっくに毒されている。
(終)
上記、企画に参加させていただきました。
よろしくお願いいたします。
変わった嗜好の妻に疲労している夫の叫び…という設定で書いてみました。
(無理があるのは、重々承知です😅)
最後までお読みいただき、
いつもありがとうございます。
