アタール・プリジオス博士の『占星天文学論』に関わる自伝 【5. 事例解析・後】

【5.事例解析・後】
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庭に薔薇が咲き始めていた。
狭い庭だが、妻が丹精を込めて美しく育てた植物で溢れている。
妻も四十路を迎え、僅かながら素肌の艶が薄れてきていたが、朗らかで明るい微笑みを浮かべながら、咲き誇る薔薇の水遣りに勤しむ姿は、かつて私が一生の愛情を捧げることを誓ったあの時から何も変わってはいない。私にとって妻は、派手に汚れた息子の衣服を手荒く洗いながら、ぶつぶつ何か言っていようが、庭の草毟りをして土まみれの手になっていようが、ただただ其処に有ることで、私の幸せの象徴であり、金塊の山など幾つあっても足らぬ程に心の富で私を満たしてくれる。
私は庭に咲く花を見て、それを毛嫌いすることは無い。ただそれに誘われてやって来る者を忌避してはいた。
「アタール、蝶が来ました。窓を閉めて下さい。また症状が出てしまうといけません」
先にも述べたが、私は蝶の鱗粉に対して過敏反応をしてしまう体質だった。
子どもの頃に、重症の皮膚炎を発して以来、蛾や蝶に類するものを避けて生きてきた。昨今も王立大学からの帰り道、偶々飛んで来た蝶とすれ違っただけであったのに、激しく咳き込んだ。少し鱗粉を吸い込んでしまったのだろう。帰宅しても治らず、酷く苦しい目に遭った。
喉や肺の炎症を抑える薬を服用し、2日程で何とか咳は治まったが、暫く目は充血していたし、顔に少し赤い発疹が残り、その痒みを我慢するのが辛かった。鼻の粘膜もやられて洟水が垂れてくるのを襤褸布で拭う日々がひと月程も続いた。
お陰で、研究作業にも多少なり障りを来してしまった。咳と洟水のせいで頭が重くなり、偏頭痛も患い、思うような文章を書けず苛立ちを覚えた。
私は妻の助言に従い、窓をきっちりと閉めた。ふらふらと部屋に入って来られては堪らない。初夏の暑さよりも、蝶の鱗粉による身体への被害のほうが私には耐え難かった。
故に、私は春や夏よりも、晩秋や冬の方が過ごし易く、好ましかった。外に出ても蝶を気にしなくて済む。
然し、皆が春や夏に外出したいと思うのは当然だということも勿論分かっている。重たい上着を着ずに出掛けても寒くないし、風は心地良い。風景も爽やかで木の葉の緑が目にも優しく光に満ちている。
妻は私を気遣い、庭に草花を植えるのを止めようとしたことがあったが、私は庭に草花が無いのは、書店に本が無いのと同じだと説き、私に遠慮しないで好きな花を育ててくれと言った。草花は心の慰めにもなる。蝶を引き寄せるからと言って、彼女の愉しみを奪いたく無かった。
リーザラは家の中に入る前に着ていた上衣を脱いで、中に駆け込むと井戸場に向かい、自分の手と髪を洗った。そして、大きな袋を手に持ち、蝶が去ったのを確認すると、脱いだ上衣をそれに入れ、洗濯籠に入れ早速それを洗浄した。私の障りにならぬよう、細心の注意を払ってくれている。
「ねえねえ! こんどさー、ベルムとレスターとね、虫とりにいくやくそくしたんだけど、いってもいいよね?」
アリエルが妻に話をしている大きな声が聞こえた。
「どこに行くのですか」
「ハメルートの森! いまね、いっぱいいるんだって!」
「何がいっぱいいるの?」
「あげはちょう、きいろいの。しんちょうさん」
どうやら“黄羽揚羽(キバネアゲハ)”のことのようだった。主神の象徴であることから、“神蝶”とも呼ばれている。
「…神蝶? 駄目です! 行ってはなりません!」
「えー、なんで?」
「分かりませんか? 父様は蝶々が苦手なのです。先日も病気になってしまったでしょう? あなたは、また父様が病気になってもいいと思うのかしら?」
「…うーん、そうか。そうだね、じゃ、やめとく!」
アリエルが残念そうに言うのが聞こえる。
私の鱗粉忌避の体質のせいで、友人達と虫を取りに行くという楽しみが一つ減った。
確かに私は蝶の中でも、“黄羽揚羽”は特に苦手で、そのせいもあって、主神への信仰もかなり薄いところがある。行くのを止めてくれるなら、アリエルには悪いがその方が有り難かった。
夏至。
神王より、主神より託宣があったとの報告があった。
“贄の年”の儀式の犠牲者が公表された。
ーアストリアス・アレグレア・アペル。
誰だ。
聞いたことの無い名前だった。アペルは分かる。今回はアペル家より“贄人”を献上する年だ。
だが、アストリアスとは誰だ。
当主の次弟の息子達の中にはいない。最有力候補だった三男でも、次点と思われた次男でもない。
「何でも、御当主の養子となった甥のアグリス様の御子様の1人らしいですよ。3人いらっしゃる中の2番目の御子様で、まだ18歳だと聞きました。非常に信仰心が厚い若者で何でも本人から志願してきたらしいという噂があるのですが…」
当主には子が無い為、当主はすぐ下の弟の長男アグリスを養子に迎えた。そのアグリスの次男、つまり当主の孫息子が“贄人”の宣旨を受けたということのようだった。
「騙されて、立候補してしまったのかもしれないな。若さ故に、アペル一族の老獪なる親族共に焚き付けられ、その気になってしまった、という気がしてならない」
「そうですわね…可哀想に」
「憐れみは逆に不敬に当たるぞ、リーザラ。彼はもう聖なる人として、現世から神へと捧げられる神供となったのだ。それは至上の名誉であり、喜ばしい事なのだ。そして…彼はもう神以外の者は触れることも憚られる存在ゆえ、当日まで、家族とも隔離されて過ごすことになる…独房に幽閉されるようなものだ」
「むごいですね」
「ああ、むごい。古代ならば神に縋るしか無い災厄に対して、人身御供も人心として有り得たかもしれぬが…時代は下っており、人は学び、土木技術や食糧供給等の流通、医療技術、その他にも多種多様な技術が発展してきている。神に縋る程の事は確実に減ってきている訳だ。もう今の世にはそぐわぬ儀式だと感ずるがな」
私達はもしもそのアストリアスが自分達の息子アリエルであったならと思うと、ぞっとした。
《神王家》の一員として生まれてしまった宿命と言わざるを得ぬところも有るが、せめて彼がその日まで確固とした己れを保ち、神の御供となる名誉の心を無くさぬまま、贄人の使命を果たしてくれることを祈った。
幽閉生活が始まると、精神の異常を来す者が少なからず有るらしい。精神安定の効能のある薬草を毎度の食事に含ませているという噂も聞いた。
当日にはまるで心を壊していて、終始大笑いしていた贄人もいたと聞く。
それは兎も角、要するにだ。
例の当初の予想に反して、当主の2人の甥は役目を免れたということになる。代わって、当主の孫が、その役目を遂行することになった訳だ。
次のアペル家の“贄の年”は、また27年後ということになる。そのときには2人とも対象年齢では無くなっている。基本、50歳を超えたら神への供物としての役目を果たせぬということらしいが、年寄りこそ信心を積み、神に召されるべき聖人足り得る筈だ。若年に己が潔き死を見せてやれば良いのにと私などは思うが、言っても詮無い話だった。
ふと、思うことがある。
先日、新月の夜に密かに私の元を訪れた男。
詮索する気は全く無いが、あれはアペル家当主の甥の1人では無かったか。本人だとして生年月日から推測すると、27歳であるから次男ではなく三男の方であろう。世間の憶測では、最も“贄人”に近いとされた方の人物だ。それが“贄人”を免れた。私の授けた方法を試したのかは知りようも無い。ただそうであるならば、それはとりあえず成功したと言うことになるだろう。
無論年内に別の死に方をする可能性も皆無ではないので、結果はまた来年になってみないと分からないが…。
然し、何故かしら虚無を覚える。
…考えてみても、仕方がない。
「アリエルは、出掛けたのか?」
「はい。ベルムの家に行くって、言ってましたけれど…何か?」
「いや、近頃、よく1人で外出していると思ってな。虐められている様子は無いか?」
「ええ。まあ、多少の嫌味なんかは有るみたいですがね。怖気付いたりはしていませんよ…自分で『ぼくって、さいこうけっさくだよねー』なんて、言ったりしてますから」
「そうか…だが、油断するべきではない。あの子の心は強くなっているようだけれども、だからといって放置しておくのは危険だ。私も気を付けるが、優しくしてあげて欲しい。自分でも知らず知らず、言わずに残してしまって、治っていない小さな傷もあるだろう」
「はい。貴方、それが深い心の傷として残ってしまう可能性もありますものね。気を付けますわ」
「頼む。それと…家から西の方角には、なるべく行かせないように。3日前から、アリエルの象徴星に不穏な動きがある。西方向へ不安定に揺らぎ、光り方も常と違う。白い発光が赤みを帯びて弱々しくなっている。9月には強い補助星である永命星が東の地平線より現れ出すゆえ、少なくともそれまでの間は…」
そのとき、玄関の木戸を激しくばんばんと叩く音がして、また嫌がらせかなどと思っていると、外から女の必死の声が聞こえてきた。
「プリジオスさん! 大変です、アリエルちゃんが! 倒れて! 大変なんです!」
叫んでいたのは、アリエルの友達ベルムの母親だった。
私達は顔を見合わせて、直様玄関へ走った。リーザラが戸を開けて青ざめた女の話を聞いた。
アリエルは今、彼女の夫に背負われ、病院へ運ばれている。
何でも顔を真っ赤にして、酷く咳き込んでいたという。また嘔吐が有り、少し発熱もしていたとの話だ。
「一体、何故? 何処で倒れたのですか」
私が訊ねると、ベルムの母親は「ハメルートの森へ2人で行ったらしい」と答えた。そこでアリエルは急に倒れ込んだ。ベルムは驚き、父親を呼びに自宅まで走り、また父親と共に森へ戻り、ぐったりとしたアリエルを病院へ連れて行ったのだと言う。
「ハメルートの、森…。揚羽蝶の森だ、な」
「アタール、貴方は少し待っていて下さい。私が見てきます。様子を見てから、呼びに来ます」
「分かった」
不安でならなかったが、そうするしか無かった。
ハメルートの森へ行ったとなると、鱗粉のこともある。私が行って、また過敏症状で調子を崩してしまってはリーザラの負担が増す。
妻が出て行く。
私は家に残された。ルーセラはまだ学校から帰ってきていない。独りだった。更に不安が募る。
「何があった…? アリエルの身体に。咳き込み…発赤…嘔吐。まさか、私と同じ…」
鱗粉過敏症。
…私からの遺伝だと思われる。
しかも急激に大量の鱗粉を浴びてしまったせいで症状が重篤に出てしまったのだろう。
アリエルは、病院で意識不明の状態だった。
病院で清浄な状態にして貰ったということで、私も急ぎ出向いた。
「アリエル!」
息子の名を呼んだ。
返事は無い。医師の話だと、脳炎か脳症に至った可能性が有ると言う。
目を開けぬアリエルを、私はただ茫然と見下ろした。
「…蝶を取りには行くなと強く注意したつもりだったのに…ああ、ハメルートの森…我が家より、西の方角ですね。」
リーザラも項垂れて、言葉少なに呟く。
「貴方もご承知でしょう…アリエルは、普通の他の蝶の鱗粉は何でも無かったんです。でも、神蝶の鱗粉だけは…駄目だった、と言うことでしょうね」
「そう言うことだろうな…」
私の中に、沸々と怒りが込み上げて来た。
誰への怒りか。
当然自分への怒りだ。
自分を懲らしめてやりたくてならなかった。自分の持病を鑑みれば想定出来たことだ。アリエルは私の子なのだから、同じ遺伝要素を持っている。言い訳をするならば、先程妻が話した通り、私は全ての蝶が対象だが、アリエルはそうでは無く、“黄羽揚羽”のみが対象だったらしいと言うことだ。だが、私も特に“黄羽揚羽”が苦手であった…あのときは、自分のことしか考えていなかった。息子への配慮が足らなかった。お前ももしかしたら拒絶反応が出るかもしれない、と、強く注意してやらねばならなかった。何と言う不注意か。血の繋がりとしての親の自覚も足らない。
「リー。私は自分を殴りたい。全てが不幸な偶然による結果だったとしても、では何の為に私は研究を続けていたのだ?
こういう事態を回避する為ではなかったか?
全てが遅過ぎる! 気が緩んでいるのだ…もっともっと詰めて、試行錯誤して、極めなければならなかったのだ。私は何をしていた? 私は…!」
私の声は低く、然し地を這う火焔のように、じりじりと身を捩らせ、ちょっとした障りによる暴発の気配を漂わせていたことだろう。その危険を感じ取ったリーザラは、私の両肩を掴み、心の陰影に脅かされた私に真っ直ぐな眼差しの矢を射る。
「アタール、まだアリエルは生きています。きっと回復しますわ! だから、それ以上、自分を追い詰めないで下さい。責任は私にもあります。“己れがそうで有るように万能の存在など存在しない”それは貴方が仰っていたことですよ!」
「リー、然し…然し、私の血を受け継いでしまったが為でもある。“蝶はお前にも害がある可能性がある”と、もっと伝えておけば!」
妻に説得されて尚、私はまだ動揺していた。混乱していた。意識の無い息子の血の気の薄れた顔を見て、私はすっかり自己否定の感情に支配されてしまい、冷静さを取り戻せずにいた。
「アタール! アリエルは大丈夫です。大丈夫ですから!」
「そんな保証は無い! 私のせいだ、私が親であるばかりに、この子は…」
「貴方!」
最後には、妻に頬を激しく打たれた。
私は目を閉じた。その場に立ち尽くし、亡霊のように虚ろな怨みがましい視線を病院の古びた床上に投げていた。
何故こんなことになった?
打たれた頬は腫れて熱を帯び、どくどくと脈動していたが、痛みは感じなかった。妻がハンカチで私の唇の端を押さえた。切れて血が出たようだった。
「貴方」
リーザラの声は、震えていた。
昂る感情を抑え込んでいる。この情け無い役立たずな夫に怒りを覚えているのだろう。私は無言だった。
「アリエルは、貴方の子です。それの何が悪いのですか? 不幸なことなのですか? この子は毎日楽しそうに生きていましたよ。それについては貴方の子だからではないのですか? 鱗粉の過敏症であることは、その副産物でしかないではありませんか…それが偶々不運に働いたからといって、貴方が悪い訳では無いのでは? 伝達の不備とて、仕方がない事です。他の蝶は平気だったのですから、“神蝶”は駄目かもしれない、と思わなかったとして、それが罪になりますか? それに私達は言いました。ハメルートの森には行くなと。それを守らなかったのは、この子です。もうそれは私達の気の及ばぬ所です」
私は、妻の言葉を聞きながら、なんて賢い女なのだろうと思った。私の取り乱し様に怒りをぶつけるような言葉を撒き散らすのではなく、あくまで理屈で説き伏せてくる。己れの感情に触れる訳では無く、私の感情を落ち着かせる為の言葉を選び、投げかけてくる。
勝てる気がしない。間違っているのは、私であると嫌でも感じる。素直に反省させられる。
「…済まない。取り乱して」
私は吐く息と同時にそれだけ言い、押し黙った。
「貴方。叩いて御免なさい。普段はあれ程冷静な貴方が、感情的になられていたので、私も動揺したのです。でも、アリエルの父親は貴方であり、貴方で無いほうが良かったなどということは絶対に有り得ない。血筋に関することは仕方ありません。貴方とてそれをわざわざ選んだ訳では無いのですから…そこまで自分を貶めないで。貴方はアリエルにとって優しく良い父親です。それだけは、間違えて欲しくありません」
私はベッドの横にある固い丸椅子に腰を落として蹲るように頭を抱えた。アリエルの寝息が聞こえるが、一定間隔ではなく、また強かったり弱かったりして平穏とは言い難かった。時々咳もした。先程医師が診ていた眼も、その白目は充血して真っ赤になっている。微熱も下がらないようだった。意識が無い状態でも、苦しそうで堪らない。
「…アタール。貴方はもうお帰り下さい。ルーが何事かと慌てているかもしれません。事情を説明して上げて下さい。私も病院の消灯時間には帰りますから」
「分かった…」
残っていても、リーザラに迷惑を掛けてしまう。
私はのろのろと立ち上がり、ちらりとアリエルの目を閉じた顔を見てから病室を出て行った。
果たして、家に戻るとルーセラが帰宅して独りぽつんと所在無げに食卓の椅子に座り、本を広げていた。
「…暗いだろう?」
夏至を過ぎたばかりとはいえ、夕闇が降りて来ており、室内は薄暗かった。私は玄関先と食卓の蝋燭を灯しながら、娘に言った。
「父様、お帰りなさい。母様も居ないし、父様も書斎に居なかったから、どうしたのかと思った。もしかして、アリエルに何かあったの?」
「…アリエルは、病院に居る」
「病気?」
「そうだ」
私も食卓の椅子に座り、娘に事情を話した。“黄羽揚羽”の鱗粉による過敏症が発症し、倒れて入院し、手当を受けたが、現在意識が無いことも伝えた。
「…あの子、ちょっと図に乗ってたのかもね」
「図に乗る?」
「自分は父様母様にすごく愛されてるから、何してもそんなに怒られないだろうって」
ルーセラの口から、そんな言葉を聞くとは思わなかった。だが、姉からは弟はそう映っていたようだ。アリエルは年の割には口が達者な方だとは思っていた。吃りが出てしまう時もあったが、それでもよく喋っていた。姉はそれを少しお調子者だと感じていたようだ。
「べつにそれが悪いことだと思ってた訳じゃ無いの。調子良くて明るい性格の子って、周りの空気も明るくしてくれるし、それはとても助かることだもの。アリエルもそんな性格なんだろうって思う」
「そうか。私も、そう思う」
私が疲れて沈んだ様子で頷いていると、ルーセラは読んでいた本の頁を指差して話し始めた。
「…ハメルートの森って、家から西の方角だよね。アリエルの象徴星の紫陽星、何か西に不安定な動きだったから、私も少し気になっていたんだけど、最悪な形で出ちゃったね…」
よく見ると、それは普通の本では無く、私がラムートの協力で集めた各地の情報資料の一部を取り纏めた仮本だった。
「ルー、お前…」
「教えて貰ったことだけじゃなくてね、父様の研究してることも知りたいなって思って、時々勝手に見させて貰っちゃってたの。自分で調べたりしてみてるんだよ。面白いね…でも、当たって欲しくなかったことが当たっちゃうと…嫌なものだね」
「私の論文を、理解出来たのか?」
「うん。すごく分かり易かった、さすが、父様だって思ったよ!」
確かに、文章自体は平明に書いたつもりだ。万人が理解出来ないものを書いても意味が無い。
然し、それは子どもにでも分かる程簡単な内容ということでは無い。私が寄り添って、一つ一つ教えながら読んだのなら理解出来るとは思う。だが、そうでは無い。この娘は、独りでそれを読み理解したと言っている。全てを正確にかはこの時点では判断しかねたが、その言葉を信じれば、独学で習得したということになる。
そして、アリエルの今回の事件に関しても、私とほぼ同じ見解を示している。
「…ルーセラ。前にも言ったが、私の知っていることの全て、お前に教える…これから、毎日だ」
*
そして、私と娘の解析どおり、
アリエルは、それからずっと意識不明のまま、2度と目を覚ますことは無かった。
8月の末…東から補助星の現れる9月の手前。
その星降る夜。
僅か6歳と10ヶ月という短い生涯を…
息子は、静かに…終えた。
(続く)
