アタール・プリジオス博士の 『占星天文学論』に関わる自伝 【2.研究過程】
【2.研究過程】
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子どもとは、こんなにも愛おしいものなのか。
私の親が私のことを、こんなにも愛おしいものと思っていたとは思えない。
思っていたとしても、今の私の子等への愛には到底及ばないと思う。
それに、私は所謂子どもらしい愛嬌の有る子どもではなかった。今も然程変わらないが、喋るのが億劫で本ばかり読んでいる子どもだった故、親に可愛いなどと思って貰えなかったのではないかと思っている。
それに引き換え、私の子は…こんなにも愛らしい。多分に、私ではなくリーザラの血のお陰なのだろう。
彼等の存在は、私に自分の過去を振り返らせる。
幼少から王立大学を学舎とするまでを、もやもやとした不定形の煙のような薄い灰色とするならば、大学で天文学を始めとした諸学を学び始めてからは、研究への強い意欲を確固とした意味で、固形の石のような灰色となった。
更には学友ファビルスと出会い…その妹リーザラに求愛され…愛し合うようになると、石は粘土のように少しずつ柔らかく、色は明るい白へと変化していった。
リーザラが何故私に好意を持つようになったのかは分からぬのであるが、彼女の明るい微笑みは、私の心の中に生来蔓延り続けてきた藻草のように絡み合った黒っぽい一塊の渦を徐々に緩め、解き散らしていった。
太陽のような女だった。
夜の星ばかりを見ていることが多かった私の中に、それらの放つ微細な光を尽く打ち消してしまう強烈な昼の星だった。
私は彼女に司られている。それがまた心地良く、これからの自分の時間を、彼女と共存していけたならば、どんなにか幸せだろうと思った。その思いを告げると、彼女のほうが涙を浮かべ快諾してくれた。
出産の困難は、古来から生き物としての人間の試練の一つとしてあった。長女マランが生まれ、病いに倒れるまでの蜜のような甘い黄金色の日々は宝物だった。然し、マランの3歳という幼過ぎる死でそれは濁流に呑まれた。
その最中に生まれた長男のフィストは、僅か2ヶ月で世を去った。私たち夫婦は打ちひしがれ、濁流の勢いは増した。
だが、このまま流されてはならぬと、私は意を決して急流の岩に必死で掴まるように、この研究を始めた。
次女のルーセラ、私の不測の為に流れてしまったジュアン、そして次男のアリエル。
ルーセラの成長は、私に落ち着いた安心感をくれた。
アリエルの笑顔は、私に心弾むような幸福感をくれた。
再びの暖かい黄金色の、その華の香気に包まれ、私は力が湧き出で体中に漲っていくのを覚えた。
「と、とうさまは、おほしさまのことを、け、けんきゅうしてるの?」
興奮すると、息子は少し吃り気味になる。まだ5歳になったばかりであるから仕方がない。
「そうだ。星の動きを慎重に観察することで、世界の大体のことは読み解くことが出来る。私はこれを『占星天文学』と名付け、『占星天文学論』として、いずれ世間にも論文を発表するつもりでいる」
そう言った私を、アリエルはぽかんと見つめていたが、然しそれでも嬉しそうに笑って、うんうんと頷いてくれた。
「とうさま、すごいねー!」
「そうか? まだ受け入れられる確証は無いのだが、受け入れられれば、世界にどんどん幸せが広がっていくと私は信じている」
「すごい、すごいねー! かっこいい!」
明るい笑い声が家中に響く。こうした笑顔の輪がこの世界にもっと広がればいいと実際に私は夢見ていた。
これが認められ広まれば、世の私たち夫婦のように流産や幼い子を失う悲しみに暮れる不幸も減るだろう。無論、法則性があるとはいえ、全ての事象の確率は10割ではない。それでも一助にはなるだろうし、授かった命を救える確率は跳ね上がるはずだ。
私の研究活動は勢いを増していく。
己れの周辺に関しては、予測の精度は9割以上の確率になっていたものの、これが他者にも通用するのかと問われれば、完璧な自信は無かった。故に裏付けとなる記録と実証が更に必要となった。
私は夜の星空を眺め、毎日欠かすことなく、細かく星の位置や光度のほか色形等を観察し、それを記録していった。
睡眠の間も惜しく、食事も少量で手早く済ませた。己れの休息など、どうでも良くなっていた。
いつか、妻に偉そうに説いた自分の『規律良い生活は心身の躍動を助ける基本だ』などという文言など無かったことのように日々眠らず、また充分な食事も取らず、研究に明け暮れていた。
「アタール、少し眠ったほうが…もう何日徹夜しているのですか。身体を壊しますよ。貴方はそれでも私や子ども達を幸せに出来るのですか?」
「日中仮眠は取っている。何の問題も…ない」
言いながら、私は半分眠っていた。これでは妻に小言を言われるのも、致し方なかった。
「ルーはもう、お友達と遊ぶ年頃ですけれど、アリエルはまだ親に甘えたい盛りです。しばらくお家にいらっしゃるのでしたら、少しは遊んで上げて下さい」
「…分かった」
然し、私には子どもの遊びというものが分からなかった。私は、1人で本を見たり読んだりして満足しているような、子どもらしくない子どもだった。大人の干渉など返って邪魔だった。自分の興味のない玩具や遊戯に付き合わされぬよう、屋根裏に上がり、天窓の光を頼りに書物を広げ、朝から夕まで1人の時間を楽しんだ。その為、親も私に構うのを諦め、専ら年の離れた妹や弟の相手ばかりするようになった。私はそれを見て、全く羨ましいとも思わず、むしろ有難くさえ感じていた。それに、表情の乏しい私には子ども特有の愛らしさも備わっておらず、大人たちにとっても扱い難い子どもだったと思う。きっと放っておくほうが楽だったはずだ。
「アリエル」
私は息子に呼びかける。1人で庭の葉のない冬の樹木の枝に縄投げをして遊んでいた。細い縄を結んで作った輪が彼の足下に幾つか小さな蛇がとぐろを巻いているように重ねて置かれていて、アリエルは投げる度にちょこんと屈み、足下のそれを拾い上げては投げる…という遊びをしていた。縄の輪は妻が作ったもののようだった。
「なんだ、届いていないではないか。もう少し近づいて投げたら良いのに」
投げた縄の輪の殆どが、地に落下しており、枝に引っ掛かっているのは三つも無い。
「いいの! ここからなげるの!」
私には息子が自棄になっているように見えた。落ちている縄の輪を拾い集めて、息子の足下においてやると「ありがとう、とうさま」と息子は言った。然し、私の助言に耳を貸す気は全く無いようで、変わらず同じ場所から投げていた。
「届く場所から投げてしまったら、必ず全部届くわけですから、簡単です。それでは出来たときの感激も少なく、つまらないではないですか」
やり取りを見ていた妻が、私に説く。
成程、達成感が無いということか…だが、方向性と力加減の問題もある。届くからといって、必ず命中するわけでは無い。それならば、入る確率が上がり、たくさん入った方が楽しいのではないかと思うのは、私が大人だからなのか。
「アリエル、楽しいか?」
「うん。ぼくはすごいんだよ! ここよりとおいおうちのまどからも1ついれたんだ!」
「そうか、すごいな」
私は息子の頭を撫でて褒めた。
アリエルは、くすぐったそうに肩をすくめて照れ、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
性格は、私とは全く似ていないと思った。
顔立ちは少し似ていた。特に目元が似ていると、妻は言っていたが……私もアリエルのようによく笑う子どもであれば、もっと大人に愛され、ちやほやとされたのかもしれない。が、私はそれを特に望んではいなかった。やはり、性格は違っている。
「ねえ! と、とうさまも、なげて! なげて!」
距離は大人の私には近過ぎる距離だったが、私はこういう遊びをしたことが無い。
果たして、1投目は外してしまった。何度か投げてみて、ようやく殆どが嵌るようになったのは、8投目か9投目からだった。そして、不眠のまま久しぶりに身体を動かした私は幼い息子よりも早く疲れ切ってしまい、胸を上下に弾ませ呼吸を乱した。
「あらあら、父様は寝不足でもう息切れしてしまいましたか? まだ37歳だというのに、情けないですね。ユリス茶舗のニャスム紅茶を淹れましたから、少し休んではいかがかしら」
ユリス茶舗とは、この神都でも有名な紅茶専門の老舗茶葉店である。ニャスムは紅茶の名産地で、この地方で収穫された茶葉は等級も細分化されており、妻はいつも下から2番目の“常用”茶葉を買ってくる。それでも、やはり安価ではなく、味も香りも他の紅茶とは雲泥の差だった。
私は何も言わず、呼ばれるまま家中に入り食卓の椅子に座った。湯気の立ち上るニャスム紅茶を静々と火傷をしないように気を付けながら、黙したまま口にした。かすかな渋味の中にも芳しい爽やかな香りが立ち、口内に幸福感が怒涛の如く押し寄せた。それに私の脳は抗う術もなく立ちどころに睡魔に蝕まれた。
「…あらあら。困った父様ね。こんな場所で寝てしまって。アリエル、悪いけど、父様にこの毛布を掛けてあげて…うん、そうね。上手ですね。これで、父様も風邪をひかずに済みます。ありがとう」
「うん。かぜをひいたら、けんきゅうもできなくなっちゃうもんね」
朦朧としてきた意識のすぐ傍で、妻と息子の声が聞こえた。その優しいひと時が至上の安らぎとなって、私の心の中を温めた。
天体観測を詳細に記しながら、私は注意深く世の中を見つめていた。こうした記録は、本来何百年何千年という時間、星の動きと事象を照合した上で解析して成り立つものだろう。私の生涯はせいぜいが50年と少しのものである。
またそれが普遍性を持つ為には、時間だけでなく様々な地域で応用できねばならない。故に必要なのは、想像力の中に柔軟な発想性を発揮し、実際の年月や地域では測れない事を仮定として立てる。そして、その仮定に沿った事例があれば、それらに一定の規則性を見出し、1個の基準とすることだ。
例えば、大・中・小の星があり、月との距離と角度を割り出す。
「大」が月に対して東に30°の位置にある時期と時間、「中」がその対角にあるとき、尚且つ月齢がほぼ満月である日は、火事が起きる確率が他の状況より約1.5倍も高かったとか…加えて「小」が強く光っている場合、それは大きな火災になる、など。例えそれが何処かの遠い国であっても、通用するものでなければ意味が無い。
言えることは、多様な環境下での実例は有るに越したことはないということだ。それこそ数多集めなければ、法則性が本当にあるのかの説得力に欠けるわけで、協力者はやはり不可欠だ。
ただ学者としてまだ年齢的に青い私に協力してくれる者は限られていた。
そう、私には友人も少ない。所謂社交的な人間ではない。無表情で滅多に笑わない、冗談も通じない、岩石に勝るとも劣らない頑なさ、そんなひたすら寡黙に孤独を愛してきた人間に親しい仲の友人が居る方が奇跡かもしれない。
そういう意味では、ラムート・ファビルスは私にとって貴重な存在だった。大学の同期で、飛び級をした私より年は3つ上だったが、研究室も同じ同志だった。研究者としては珍しいくらい、明るく無邪気な男だったが、不思議と気が合い、私にとってはかけがえのない友と言えた。妻のリーザラは彼の双生の妹であるから、彼は私の義兄にも当たる。
私は彼と彼の朗らかで広い人望を頼り、様々な事象と星の位置の関連性を調査・検証をしていた。
その報告が集まり始めていた。私はその全てに目を通し、結果を纏める作業に取り掛かることにした。とりあえず、自ら天体観測をするのは一旦中断し、各所から届いた報告資料を読むことに集中した。それらを様々な事象と照合しながら、文言として書き下ろしていった。
「プリジオス。一体どのように編纂するつもりなんだ? この膨大な量の観測資料を…。1人で纏め切れる分量とは思えないが」
懸念するラムートに、私は答えた。
「確かに1年や2年でどうにかなる量ではないが、本来ならば、私の一生を掛けてすら纏め切れるものでもないのだ。そうであるならば、重点を絞って結果を示すしかないだろう。その結果が他に応用できる可能性を仄めかすことができれば、第1段階は達成と言える。問題はその後も観測と検証を継続する必要があり、更なる確実性を明示していくことが求められる。まずその為の基本を確立することが、私の今世での役目だと思う」
「…つまり、全体では無く掻い摘んで纏めるってことだな? 残りは追々ってことで」
「そうだ」
ラムートは持論を述べるときだけは雄弁になる私を見て、また始まったとばかりに肩をすくめたが、異論を挟むことはしなかった。とりあえずは私の好きにさせてくれるようだ。
途方も無いことを研究しているのだという自覚はある。だが、だからこそやり甲斐がある。困難であればこそ、私の闘志は滾り立つ。
ふと、アリエルと投げ輪の遊びをしたときのことを思い出した。あのとき、アリエルは自分には遠いと思われる場所からの投擲に拘った。不可能に近いことに挑戦することに意味がある。
届かないから止めるのではなく、届かないから何度でも挑む。不屈の心。それが無ければ、何事も達成には及ばないのだ。
安易に近づいて投げても弾かれることはある。そのほうが恥である。遠くからでも鍛錬を続ければ遂げられるようになる。それならば、遠くから投げたほうが、段々と自分が上達していく、その過程でも楽しめる。
たかが、子どもの遊びだと思うところがあった。
私は幼少期に子どもの遊びを自ら遠ざけていた為、すぐ理解出来なかった。取るに足らぬような遊びも子どもの成長にとっては必要な学びだということが。
つまり、私は本来子どもの頃必要だった学びをせずに成長してしまった訳だが…。
私は、まだ父親として息子に負けるわけにはいかない。
私は諦めない。
何があろうと、やり遂げる。まずは、第1段階だ。
解析内容は決めていた。
『好機掌握時機の認知と天体運動との関係』
この論文こそ、『占星天文学論』の礎となる最初の論説だったが、後日誤解を招き、世間に物議を催す種となる。
(続く)
