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第2話『境界線の朝』


第2話

『境界線の朝』

――これは、ニアが街を出たその日の出来事。
旅が始まった直後の、まだ“朝”の物語。



リューゼルの門は、朝霧に包まれていた。

夜と昼の境目。
街の音は背後へと溶け、前方からは冷えた風が吹き抜ける。

コツ……コツ……

石畳を踏む足音は二つ。
だが、その歩幅は揃っていない。

先を歩くのは、白髪の少年――ニア。
黒いコートを羽織り、腰には剣。
十歳とは思えない静かな足取りだった。

その少し後ろを、リナが歩く。
銀色のショートヘア。
肩にはリュック、手には木杖。
二十歳の魔法使いだ。

リナは門の外を見つめ、ぽつりと言った。

「……本当に、行くのね」

ニアは振り返らず、淡々と答える。

「戻る理由がない」

短い言葉。
そこに迷いはなかった。

門を越えた瞬間、空気が変わる。

街の匂いが消え、草と土の香りが広がる。
空は高く、音は少ない。

「……ここから、外ね」

リナの言葉に、ニアは小さくうなずいた。



■ 鳥系魔獣・出現

キィィィ――ッ!!

甲高い鳴き声が空を裂く。

リナが反射的に顔を上げる。

「……上!」

羽音。
鳥型魔獣――スクリーチャーの群れ。
下級だが、数が多く厄介だ。

「詠唱が――」

リナが構えた、その時。

ニアは、歩いたままだった。

視線も上げず、足も止めない。

パチ……ッ

空気が弾ける。

次の瞬間。

――バリッ!!⚡

雷光が走った。

遅れて、轟音。

ドォン……!

空にあった影が、一斉に地面へ落ちる。
羽音は消え、魔獣たちは動かない。

ニアは、そのまま歩き続ける。

リナは、言葉を失った。

「……今の……」

「歩きながら……?」

ニアは事もなげに答えた。

「……普通だ」

それが、普通ではないと分かっているのは、リナだけだった。



■ 次の目的地

しばらく進んだ後、ニアが口を開く。

「次は、どこへ行く」

唐突だが、リナはすぐ理解した。

「……リューゼルより大きな街?」

「そうだ」

リナは少し考え、答える。

「アルセリア。商業と冒険者の街よ」

「徒歩で」

「五日はかかるわ」

「……食料が足りない」

リナがうなずいた、その瞬間。

「方角」

「北東」

「距離」

「……百二十キロくらい」

次の瞬間――
ニアが、リナの手を掴んだ。

「えっ――!?」

足が、地面から離れる。

「ちょ、ちょっと待って!!」

風が下から吹き上げる。

――浮遊魔法。

しかも、安定している。

「何してるのよ!!」

「半日で着く」

言い切りだった。

リナは、もはや声も出なかった。



■ 森と盗賊

日が傾く前、二人は森へ降り立った。

リナがすぐに言う。

「街の前で降りて」

「このまま入ったら、目立ちすぎる」

ニアは黙って従った。

――だが。

草むらが揺れる。

現れたのは、数人の男。

盗賊だった。

「へぇ……運がいいな」

下卑た笑い声。

「ガキと女、二人きりかよ」

別の男が舌なめずりする。

「ガキは殺すが――」

「女は、今からお楽しみだぜぇ〜」

リナが一歩前に出ようとする。

だが――

「……止まれ」

ニアの声が低く響いた。

「……誰か、もう一人いる」

リナには、分からなかった。

次の瞬間。

――ズンッ

盗賊たちの首が、同時に地面へ落ちた。

血が噴き出す前に、影が立つ。

仮面の男。
細身で背が高く、腰には短剣が二丁。


低く、渋い声。

「……ほう」

「俺の存在に気づいていたのは、お前だけか」

ニアは答えない。

男は名乗った。

「俺はシエル。情報収集屋だ」

「街では、暗殺者とも呼ばれている」

リナが慌てて口を開く。

「わ、私たちはリューゼルから来た旅人よ!」

シエルは首を傾げる。

「……用は?」

沈黙。

次の瞬間――
短剣が飛ぶ。

ニアは軽く身をずらす。

カンッ!!

刃は弾かれ、木に突き刺さった。

「理由もなく旅するのは、怪しい」

その時、ニアが口を開いた。

「……存在を知る為に、旅をしている」

シエルは一瞬、目を細め――
次の瞬間、笑った。

「ガキのくせに、面白いことを言う」

「冒険者登録は?」

カードを確認し、表情が変わる。

「……十歳でB級?」

「俺はA級だ」

「だが……分かった」

「お前の方が強い」

短く頭を下げる。

「疑ってすまなかった」

「俺はこの街の依頼で盗賊を追っていた」

「お詫びに、街と宿を案内しよう」

ニアは答えない。

ただ、歩き出す。

その背中を見て、シエルは呟いた。

「……異眼の旅人、か」

朝の境界線を越え、
雷を越え、
血の匂いを越えて。

ニアとリナの旅は、
確かに世界の深部へ踏み出していた。

――つづく。

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