交差点(こうさてん) 十
交差点(こうさてん) 十
【店員】
水曜の朝、いつもの女性が、来た。
毎週、急いでいる人だった。
今日も、いつも通り、急いでいる様子だった。
カフェラテを、注文した。
「いつもより、少し、強めで」と、今日は、付け加えられた。
初めての、リクエストだった。
【女性】
今日は、特に、眠かった。
子どもが、夜中に、何度も、起きた。
いつもより、強めのカフェラテが、欲しかった。
初めて、そう、伝えてみた。
【店員】
「いつもより、強めで」と、言われた。
そのリクエストに、応えるために、いつもより、少し、丁寧に、作った。
初めての、お願いに、応えられることが、うれしかった。
【女性】
強めのカフェラテを、受け取った。
一口、飲んだ。
いつもより、目が、覚める感じがした。
「ありがとう、おいしい」と、言った。
【店員】
「ありがとう、おいしい」と、言われた。
いつもより、少し、長い、感想だった。
その言葉が、今日の、一番の、うれしさだった。
店を、出ていった。
来週も、また、強めを、頼むかもしれない。
それとも、いつもの、普通の濃さに、戻るかもしれない。
どちらでも、対応できるように、準備しておこうと思った。
【女性】
駅へ、急ぎながら、カフェラテを、飲んだ。
強めの味が、今日の、自分に、合っていた。
小さなリクエストが、聞いてもらえたことが、なぜか、うれしかった。
【店員】
次の週、また、来た。
「今日は、いつもの濃さで」と、言われた。
その変化に、すぐに、応えた。
【女性】
今週は、子どもが、よく、眠ってくれた。
いつもの濃さで、十分だった。
体調や、生活の、リズムが、飲み物の、好みに、出ているのかもしれない、と思った。
【店員】
その人の、リクエストが、毎週、少しずつ、違うことに、気づき始めた。
強めの日、普通の日、たまに、少し、薄めの日。
それぞれの日に、何かが、あるのだろう、と思いながら、対応していた。
【女性】
毎週、自分の、その日の状態に合わせて、リクエストするようになった。
店員さんが、いつも、すぐに、応えてくれる。
その柔軟さに、毎週、少し、救われていた。
【店員】
その人のリクエストが、まるで、その日の、生活の、天気予報のように、感じられるようになっていた。
強い日は、大変な日。
普通の日は、いつもの日。
薄い日は、少し、ゆっくりできた日。
【女性】
カフェラテの濃さで、自分の状態を、伝えられることに、気づいていなかった。
でも、毎週、店員さんが、ちゃんと、応えてくれることに、安心していた。
【店員】
その人が、来るたびに、今日は、どんな濃さを、頼むだろうか、と、少し、楽しみになっていた。
濃さの違いの中に、その人の、一週間が、見えるようだった。
二人は、お互いの、名前も、生活も、知らない。
でも、カフェラテの濃さという、小さな目盛りの中に、毎週、確かな、何かが、伝わっていた。
それで、十分な、関係だった。
