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『気のせいの測量事務所』

『気のせいの測量事務所』
「気のせい」には測量事務所がある。
男がそのことを知ったのは、帰り道だった。
いつもの坂道。
いつもの電柱。
いつもの夕焼け。
それなのに、今日は坂が少し長い気がする。
いや、気のせいかもしれない。
その瞬間、電柱に小さな看板が現れた。
『気のせい測量事務所』
境界確認受付中。
午後五時まで。
もう過ぎていた。
しかしドアは開いていた。
親切な事務所らしい。
夕方。
男は入ってみる。
中には地図が何枚も貼られている。
どれも少し曖昧だ。
昨日の町。
今日の町。
眠い日の町。
懐かしい日の町。
縮尺が微妙に違う。
所長は古い虫眼鏡だった。
レンズに小さな傷がある。
長く見続けてきたのだろう。
「初めてですか」
「はい」
「どの辺りが気のせいでしたか」
男は答える。
「坂が長いんです」
所長はうなずく。
「よくあります」
当然のように言った。
夜。
測量が始まる。
職員たちが長い巻尺を持って出ていく。
坂を測る。
夕焼けを測る。
疲労を測る。
少しの寂しさも測る。
すべて同じ単位では測れないらしい。
一時間後。
結果が出る。
『坂:変化なし  疲労:+12  秋の気配:+7  懐かしさ:+3』
男は少し笑う。
坂そのものは変わっていない。
変わっていたのは、自分の方だった。
帰り際。
所長が小さな証明書を渡してくれる。
『今回の気のせいは、  気のせいだけではありませんでした』
翌朝。
男は同じ坂を上る。
やはり少し長い。
だが、もう不思議ではない。
人の気分が一ミリ動くだけで、
町の長さも少し変わるのだ。

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