『クマムシ係』第五話 廃止委員会
『クマムシ係』
第五話 廃止委員会
廃止委員会は、
廃止するために作られた。
それは確かだった。
正式名称は、
生物継続観測課第四室
存続適正化検討委員会
長いので、
誰もが「廃止委員会」と呼んだ。
委員は七名。
監査官。
財政課長。
人事課長。
法務担当。
外部有識者二名。
そして、
なぜかクマムシ係の佐々木。
会議は午後一時に始まった。
議長が言う。
「では議題に入ります。」
全員が頷く。
「第四室の存続について。」
全員が資料を開く。
資料は分厚かった。
百二十七年分の記録。
予算。
組織図。
監査結果。
そして、
誰も意味を説明できない業務内容。
議長は言った。
「まず結論から申し上げます。」
全員が身構える。
「廃止の方向で検討します。」
当然だった。
目的不明。
終了条件不明。
成果不明。
百二十七年継続。
普通なら一分で終わる。
しかし、
会議は終わらなかった。
最初に手を挙げたのは法務担当だった。
「質問があります。」
「どうぞ。」
「もし廃止した場合。」
「はい。」
「翌日の記録は誰が書くのでしょう。」
沈黙。
議長が言う。
「誰も書きません。」
法務担当は首を傾げた。
「前例がありません。」
「前例?」
「百二十七年間、一日も欠けていません。」
会議室が静かになる。
財政課長が言う。
「それは記録上の話でしょう。」
「そうです。」
「なら問題ありません。」
法務担当は資料をめくった。
昭和三十七年。
係員死亡。
翌日。
本日も生存を確認。
法務担当は言った。
「問題があります。」
誰も反論できなかった。
外部有識者が口を開く。
大学教授だった。
専門は行政史。
「興味深いですね。」
嫌な予感がした。
「何がです。」
「第四室です。」
教授は眼鏡を直した。
「私は三週間調査しました。」
「結果は。」
「第四室がいつ作られたか分かりません。」
沈黙。
議長は聞き返した。
「百二十七年前では。」
「記録上は。」
「違うんですか。」
教授は首を振った。
「その設置文書が存在しません。」
さらに静かになる。
「存在しない?」
「はい。」
「では誰が作ったんです。」
「分かりません。」
「予算は。」
「百二十七年前より前から計上されています。」
会議室から音が消えた。
監査官が言った。
「前から?」
「はい。」
教授は淡々と資料を置く。
そこには、
百五十年前の予算書の写しがあった。
項目が一行だけある。
継続観測費
説明なし。
担当部署なし。
しかし予算だけある。
さらに古い資料。
百七十年前。
継続観測費
やはりある。
百九十年前。
継続観測費
まだある。
誰も喋らない。
教授だけが続ける。
「つまり。」
少し間。
「第四室は設置されたのではなく。」
さらに間。
「最初からあった可能性があります。」
誰も笑わなかった。
冗談に聞こえなかったからだ。
その時、
佐々木が初めて発言した。
「質問があります。」
全員が見る。
「もし廃止したら。」
「はい。」
「誰がクマムシを見るんですか。」
議長は答える。
「誰も見ません。」
佐々木は頷いた。
そして静かに言った。
「それを確認した人はいますか。」
沈黙。
会議室が止まる。
監査官が時計を見る。
午後二時十三分。
一時間経っている。
しかし、
なぜか十分くらいしか経っていない気がした。
その感覚を、
誰も口にしなかった。
会議終了後、
議事録にはこう記された。
第四室廃止について検討。
継続審議。
その下に、
誰が書いたのか分からない一文が追加されていた。
本日も廃止を確認。
誰もその筆跡を知らなかった。
――第六話「最後の係員」へつづく。
