風まかせ文芸部 『馬』
馬車馬のように働いた。
次の日、目を覚ますと、馬になっていた。
仔馬だ。
ベッドから転げ落ち、フローリングの床に四本足で立つ。
蹄がカチャカチャと床を鳴らす。
これは靴いらずだ。
部屋を出て、階段を慎重に降り、リビングを覗くが妻はいない。
そのまま玄関を開けて、外に出た。
青空の広がるイイ天気だ。
これは……力の限り走ったら気持ちイイかもな。
まさに、馬車馬のように。
で、走った。
近所の公園を走り抜け、商店街を駆け抜ける。
道行く人が驚いてこちらを見ている。
そりゃそうだよな。言わば野良馬。
こんなところにいちゃいけない動物だ。
逃げるように、見慣れた街並みを後にした。
ここは……どこだろう?
大きな川のほとり。
かなり遠くまで走ってきたようだ。
人間の足だったら、どのくらいかかるんだろう。
車も電車も使わずに、この距離を移動するのには。
きっと、体力だって限界を迎える。
だが、それは馬だっておんなじだ。
体力は限界を迎えていた。
まだ仔馬だからというのもあるかもしれないが、息は上がり、脚がジンジンと痛む。
ここからはもう、走ることは無理そうだ。
ゆっくり歩いて帰ろうか。
捕らえられるイメージが頭をよぎる。
遠く、空の向こうから、馬のいななきが聞こえた。
見上げると、一頭の白馬がたてがみを揺らし、空を駆けるようにやって来る。
カッコいいな……思わず見惚れてしまった。
白馬は目の前の河原に降り立ち、一度身震いをすると、音ではない言葉で僕に語りかけてきた。
「さあ、帰ろう。誰にも強いられない世界へ」
強いられない……世界?
「宙を蹴れ。さすれば、空を駆けん」
言われるがままに、ジャンプして宙を蹴った。
空中を進んでゆく。
呼吸は楽になり、脚の痛みも消えている。
空高くに到達し、眼下を見下ろす。
遠くに、東京スカイツリー。
あの向こうに、僕の家があって、妻がいる。
いや……これは、人間に憧れた僕が見た夢なのだろうか。
そういえば、リビングに妻はいなかったな。
青空に包まれた場所で、苦笑い。
こちらの企画に参加させていただきました。
よろしくお願いいたします。
