アマノ文筆クラブ 『媚びると重苦』
今日も綺麗だね。
いや、ホントだって。お世辞じゃないよ。
僕はお世辞が何よりも嫌いだからね。
いや、ホントだって。
ところでさ、先月貸したお金なんだけど……あ、いや、今すぐ返してってわけじゃないんだ。
君の方にもいろいろと都合はあると思うからね。
ただ、僕の方にも都合はあってさ。
……え?あなたの都合は聞いてない?
まあそう言わないで、君の今後の生活にも影響あるかもしれないしさ。
え、何の話かって?
君がお金を返してくれないと、僕は今年の車検を受けられそうにないんだ。
車検が受けられないとね、もうあの車には乗れなくなる。
当然だよね。
でもそうなると、君を飲み会のお店へ迎えに行く足が無くなるんだよ。
君が友達と飲んで酔っぱらった後、店の前まで迎えに行くのは僕の仕事だけど、それが出来なくなる。
いいのかい?電車帰り、問題ない?
え?タクシー帰りにするから大丈夫?
ちょっと待ってよ。
タクシーに払うお金があるなら、僕にお金返してよ。
てゆーか、飲み会に行くお金があるなら……。
まあそれはいいとして、僕にだってね、都合があるんだよ。
あの車がないと、僕のこれからの予定が狂ってしまうんだ。
どんな予定かって……それは君には話しづらいんだけど……とにかく、素敵な君のためなんだよ。
いつも美しくて、優しくて、誰よりも愛しい君のため。
ホントだって。お世辞は嫌いだって言ってるだろ。
え?返してくれるの?
しつこくてうるさいからって……うん、ホントに君のための計画があるんだ。
お金を返してもらえれば、あとはその実行に向けて着々と準備を進めるだけ。
僕はずっとこんな感じで、君に尽くしてるんだから、少しは信用してくれてもいいんじゃないかな。
……え?尽くしてるんじゃなくて媚びてるだけ?
まあ、そうかもしれないけど、媚びるのだって、僕の心にとっては重く苦しいことなんだ。
だからせめてお金を……あ、ありがとう、うん、これで何とかなりそうだよ。
え?もう帰るの?しつこくて嫌になったって?
来週の金曜日も飲み会?僕が迎えに行くの?
分かったよ。
それまでには車検も終わらせて、君が乗れるようにしとくから。
うん。じゃあ今日はさよなら。
さてと、車検もあるし、車のトランクを整理しとかないとな。
それにトランクは、今度の金曜日に君が乗る場所でもあるんだから。
音が漏れないように防音対策もしておこう。
飲み会で酔っぱらった彼女を、まずはトランクに押し込んで、どこか山の奥の方まで運ぼうか。
そしたらそこで、今まで言えずにいた彼女への思いをぶちまけよう。
罵詈雑言になるだろうな。
やっと本音が言える。
言っただろ、僕はお世辞が何よりも嫌いだって。
それなのに、今までずっと我慢して君にお世辞を言ってきたんだよ。
どれだけ辛いことだったか分かるかい?
だけど、それももう終わりだよ。
君が僕にしてきたように、君を思う存分罵ったあとは、もう一度トランクの中に入ってもらって、鍵を閉めてそのまま山中に放置かな。
防音対策をしておけば、万が一放置車が見つかっても、そう簡単にトランクを開けられることはないだろう。
君はね、僕が途中で気が変わって、君を助けに来ることをとにかく祈り続けて。
僕という存在がどれだけ必要なのかを噛みしめて。
もしかしたら、やっぱり君を失いたくないと気付いて、君が事切れる前に計画を放棄して、君のもとへ駆けつけるかもしれない。
……ま、ないだろうけど。
こちらの企画に参加させていただきました。
よろしくお願いいたします。
