アマノ文筆クラブ 『未完全人間』
闇が降る。
男は、上着を脱いで、ロビーのソファに座っていた。
エレベーターが到着音を鳴らし、一人の老人が降りてくる。
その姿を認めると、男はおもむろに立ち上がって老人に近付いていった。
「相澤さんですね?友野です。以前、お会いしましたよね」
しばらく怪訝な表情を見せた老人は、何かを思い出したように目を見開き、慌てて閉まりかけたエレベーターの扉に体当りして、無理やりその隙間に体を滑り込ませる。
男の目の前で扉が閉まった。
「無駄なことを」
男はつぶやいて、姿を消した。
老人は、自分の部屋があるフロアでエレベーターを降り、扉が開くとともに廊下を走り出した。
廊下の先に、自分の部屋の玄関が見えてくる。
そして、その扉の前に立つ先ほどの男の姿。
老人は慌てて立ち止まり、踵を返してエレベーターに戻ろうとするが、たった今閉まったエレベーターの扉の前にも同じ男の姿が。
「ああっ、この、化け物が」
老人は吐き捨てて、そのまま廊下の柵を越えて飛び降りた。
そこはマンションの七階。
まもなく、何かが潰れる音が響く。
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「未完全人間を……撲滅?」
「ああ、それが俺達の目的だ。まだまだ奴らはこの街にいる。放っておくわけにはいかない」
「でも、どうやって?」
「簡単さ。俺達を見て、逃げる奴を潰せばいい。あいつらは、俺達を匂いで嗅ぎ分けるからな」
未完全人間。
その存在は、先月都内の某ビルで発生した爆破事件で明らかとなった。
彼らは、体の構造がその名の通り不完全、かつ未完成で、ある欠損によって体内にメタンガスが充満し、その体ごと吹き飛ばし爆発する事実が判明したのだ。
周りの人間を巻き込み、十三名の死者を出した。
それまでもいくつか、原因不明の爆発事件が起こっていたが、これらも調査を続けていく上で、彼ら未完全人間の関与が疑われてゆくだろう。
「不完全なくせに鼻が利くとは、厄介な奴らですね」
「そう言うなって。彼らだって望んでそうなったわけじゃない」
「撲滅するんですよね?情けなんかいらんでしょ」
「まあな。これは、弔い合戦でもあるからな。どこまでも追い詰めて、必ず駆除してやる」
「駆除って……どうする気です?」
「分からんが……自爆する前に何とかしないとな。被害が拡大する前に」
二人の刑事は、一人の男を訪ねて、大学の研究室へ。
男の名は友野。未完全人間の研究に携わっている。
「こんにちは、博士。未完全人間について、何か分かりましたか?」
「それがね、研究のための生体試料が少なすぎてね。これでは遅々として進まんよ。もっとサンプルが欲しいんだが……彼らを生け捕りにするとか、出来んのかね?」
「生け捕りって……仮にも彼らも人間ですから。そこまですると、いろいろと叩かれるんですよ、我々も」
「まあ、そうだな。あまり追い詰めると、自爆しかねん連中だからな。理性のある個体なら、周りに迷惑をかける前に自ら命を絶つことも考えられるが」
「自殺ってことですか」
「ああ。……そういえば、先日君達の上司が亡くなられたとか。自殺だったと聞いているが」
「ええ。マンションの七階から飛び降りましてね。でも、我々は自殺だとは考えていません。彼はね、未完全人間の隔離のために尽力していたんです。志半ばで自死を選ぶなど……」
「さっきも言っただろ。理性のある個体なら、周りに迷惑をかける前に自ら命を絶つことも考えられると」
「……それは、彼が未完全人間だったということですか?」
「いや、そうは言ってない。ただ、その可能性も否定できない。今や世の中は完全に彼らを敵視してるからな。自分達が駆除しようとしている存在に自分がなってしまったなど、ミイラ取りがミイラになってしまったようなもんだ」
「駆除、ですか。なかなか物騒な言葉を使いますね」
「それは君達も……いや、まあいいか。ところで、生け捕りの話、よろしく頼むよ。彼らを刺激しないように、爆破しないように、な」
「分かりました。善処します。ところで友野さん、今日我々が来ることは言ってありましたっけ?」
「……ん?何故かね?」
「いや、この部屋の前に我々が到着した時点で鍵が開いていたようなんで。研究の特性上、防犯の意味を込めて在室中でも施錠すると聞いているのですが」
「……ああ、鍵をかけ忘れていたのかな?それがどうかしたのか?」
「いや……我々の匂いを嗅ぎ分けたわけじゃ……ないですよね?」
二人の刑事は研究室を後にした。
施設を出て、一人が振り返ると、扉の上にプレートが貼ってあり、
「バイオリソース研究所」
とある。
「もともとは、何の研究をしてるとこなんですかね?」
「知らんのか?クローン研究だよ。自分と見た目がおんなじ人間を、何体か作り出そうって研究だ」
「へえ。未完全人間だ、クローン人間だ、世の中どうなってんだか」
「……未完全人間がさ、クローンで増殖していったとしたら、世界はどうなるのかな?」
「さあ、それを阻止するために、相澤さんは捜査を続けていたのかもしれませんね」
「……自殺だと思うか?」
「いいえ。でももし、未完全人間に追われていたとしたら、このままでは奴が爆発して、近隣住民に被害を及ぼすことになると考えたのでは?」
「なるほど……もう一度、あの部屋に戻ってみるか」
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闇が降る。
この世界は滅ぶべきだ。
我々を軽んじて疎んじる世界など、滅んでしまえばいい。
同じ人として生まれ、何かが不完全でどこかが未完成だからといって、我々の扱いを見誤り続けている人類など、我々とともに最期を迎えればいい。
我々は密かに勢力を拡大する。
集結し、その威力を増して、取り返しのつかない悲劇を起こすのだ。
その時はもうまもなく。
……ん?奴らの匂いがする。
今、ドアの前に。
さあ、いよいよ始まるのか。
望むところだ。
こちらの企画に参加させていただきました。
よろしくお願いいたします。
