アマノ文筆クラブ 『うっせえわ』
ある夜、仕事から帰宅すると、部屋の様子に違和感を覚えた。
匂い。お線香の匂い?
なんで?そんなもの家には置いてないのに。
リビングに入ると、真っ暗な部屋でテレビがついている。
朝、消し忘れたのだろうか?
音声はなく、画面の中で女性タレントがグルメレポートのようなことをやっている。
満面の笑みで。
明かりをつけると、リビングの片隅に、小さな女の子がうずくまっていた。
「おい、何やってるんだ?君は誰?」
少女は顔を上げ、浴室の方を指差した。
見ると、浴室の扉の前に、一人の女性が立っている。
風呂上がりのようだ。
バスタオル一枚を体に巻いていて、
「あら、あなた、お帰りなさい」
とか言ってくる。
知らん。知らんぞ。
この少女も女性も。
線香の匂いが一層強くなる。
「ずっと待ってたのよ。この娘があなたに会いたいって寝ないもんだから、私のお風呂もこんなに遅くなって」
何を……言ってるんだ?
俺は独身だぞ。嫁はおろか子供なんていない。
「だいたいね、こんなに遅くなるなんて聞いてないから。職場の付き合いがあるのは分かるけど、一本連絡くらいくれてもいいんじゃない?夕飯だって作っていいのかどうか分からなくて、あの娘と二人で即席パスタ食べたわ。あなたはどうせ、どこかのお店で高くて美味しいモノ食べてきたんでしょ。許せないわよ。それでお土産のひとつもないなんて」
女性がまくし立てる。
その顔が、この世のものとは思えないほどに歪む。
苛立ちとともに、思わず言い返していた。
「うっせえわ。こっちがどれだけツライ思いして働いてると思ってんだ。意地の悪い取引先のオヤジ相手に、お世辞ばっか言いながら食うメシが美味いと思うか?子供と一緒に即席パスタ食う方がよっぽどマシだよ。てゆーか、娘にそんなもんばっか食わせてんじゃねーよ。もっと美味いもんいっぱい食わせてやれ。俺はそのために働いてるんだよ。毎日ムカつくことに耐えながらさ。その俺に、帰ってきて早々文句ばっか言うんじゃねえよ」
……気付けば、二人の姿は消えていた。
幻……だったのか?
いや、つけた覚えのないテレビは、相変わらずグルメレポを流している。
ついさっき帰宅した時のままだったが、線香の匂いは消えていた。
そーいえば、この部屋は事故物件だったな。
確か噂では、父親の逆上による一家惨殺があったとか。
……そうか、その当時のフラッシュバックってことか。
きっと、この部屋の記憶なのだろう。
父親は、逮捕されて収監されていると聞いている。
それでは、あの怒りの感情は……父親のものではなく、俺自身の……?
一夜の出来事ではあったが、結婚して家庭を持つことに不安を感じさせるのには十分なトラウマとなった。
あの娘の怯えた瞳が頭から離れない。
本当にあの娘は、父親に殺された事件の被害者なのだろうか?
もしかすると、未来の自分の娘の姿を見せられたなんてことは……。
こちらの企画に参加させていただきました。
よろしくお願いいたします。
