風まかせ文芸部 『本屋』
そこは、ホラー小説専門の本屋だった。
国内、海外作品も取り揃え、品数はかなりのものだ。
店はそれほど広くなく、建物の老朽化も一目で分かるような、入るのに少し躊躇するような店だった。
ホラーを扱うには、お誂え向きかもしれない。
店の奥では店主の老人が、籐椅子に座ってのんびりとタバコを吹かしている。
お客はといえば、高校生くらいの男の子が一人。
熱心に本棚を物色している。
しばらくすると、少年が何かに気付いたように、本棚の一点に目を留めた。
「あれ?この本、持ってたような気がするけど……読んだ覚えはないな。気のせいかな?」
その独り言に、店主の老人が反応する。
「ああ、その本な。前にも同じことを言ってた客がいたよ。そーゆー時はその本に近付かん方がいい。何かきっと企みがあるんだ」
「企みって……本の?」
「本と……そしてこの店の、かな」
「どーゆーことですか?」
「うん、まあ、君もホラー好きなら話してもいいか……この店はね、もともと普通の本屋だったんだ。文芸書や、実用書、コミックだって扱ってた。だけどね、ある日、一人の男がやってきてね、この店の本を全部買い取ります、って言うじゃないか。そりゃ願ったり叶ったりだが、気味も悪いわな。小さな店だが、それなりの品揃えはあった。それを全部買い取るなんて……何かおかしいと思って、一旦は断ったんだよ。そしたらね、次の日の朝、店はこうなってた。この椅子の上に大きなカバンが置いてあってね、その中には、見たこともない大金が入ってた。信じられないだろ。だが、どうしようもない。店の品を全部売った、それだけの話だからね。それからこの店はこの状態だ。不思議なことに、今あるこの本の代金は請求されてない。しかも、売れて無くなったら知らぬ間に補充されるんだ。不気味だろ?」
少年は、眉をしかめて怪訝な表情で聞いていたが、
「それは……ホラー小説を扱うお店特有のフェイクストーリーかなんかですか?確かに不気味ですが……」
「違うって。私はホラーなんかに興味はない。なのに店はこの状態だ。たまらんよ。だが、売っても売っても品数は減らない。問い合わせる問屋も分からないんだ。どうしようもないだろ?」
「まあ、それは確かに……で、本の企みってのは?」
「……ああ、実は、私にもよく分からないんだが、さっきの君のようなセリフを吐いて、その本を買って帰った客が何人かいてね。気になったけど読んでないとなれば、まあ、欲しくなるわな」
「そうですね。僕も買って帰るつもりでした」
「ところが、だ。そうしてその本を買って帰った客達が、次々と行方不明になってると言うんだよ。警察が来て、足取りを追ったところ、最後にこの店に寄っているということが分かってね。そのまま、ドロンだ。令和の神隠しだな」
「そんな……それが、この本のせいだって言うんですか?」
「さあ、分からん。本当はね、私は何も知らないフリで、この店で本を売り続ければいいかとも思うんだが、ホラー好きには若者が多くてね。君のような若者が、その本のせいで姿を消しているとなれば、これは黙ってもいられなくてね。一応、忠告はさせてもらうよ。それでどうするかは君次第だ」
少年は老人を見る。
嘘をついている顔には見えない。
だがしかし、そんなミステリーに満ちた出来事が本当にあるのだろうか。
ここは、ホラー小説専門の本屋だ。
もしかして、これも店側の演出のひとつなのでは?
とはいえ、こんなんで客が購入をためらったら、売り上げだって落ちるだろう。
真意が読めない。
「この本、買います」
少年は老人に歩み寄り、件の本を差し出して言った。
老人は本と少年を交互に見た後、呆れたような顔で、
「まったく、若いのに……頑固だな」
と呟きながら、本にブックカバーを被せてくれる。
「これはサービスだ。せめてもの手向けだと思ってくれ」
「本気で信じてるんですか?この本のせいで失踪したって」
「だから、分からんよ。君はこれからそれを知るだろう。後の祭りかもしれんがな」
「僕ね、高校の空手部の主将やってるんですよ。そう簡単には連れ去られたりしない」
「連れ去るのが、普通の人間ならな。……普通の人間が、一晩で店をのすべての商品を入れ替えて、特定の本を購入した人間をすべて神隠しに出来ると思うか?」
「普通の人間じゃないなら、何なんです?」
「さあな。それは自分で確かめたらいい。買うんだろ、この本」
夕暮れが近付いていた。
ホラーな出来事が起こるには、お誂え向きだ。
そんな情景の中を、件の本を購入した少年が歩いてゆく。
その後姿を、店の小窓からじっと見つめていた老人は、独りごちる。
「うまくいかんかったか。あの若さで解離性健忘症を患ったせいで、毎日この店に来ては同じ本を買い続けるのを何とかやめさせようと思ったが、ホラー仕立ての作戦は効果がなかったようだ。ホラー小説を専門で扱うこの店でなら、そんな怪異も通用するかと思ったんだがな。まあいい、明日はどんな物語を聞かせようか……不憫な私の孫に」
こちらの企画に参加させていただきました。
よろしくお願いいたします。
