『モノクロパッケージのつぶやき』《ショートショート》
石油原料節約パッケージ
ひとりでも多くのお客様にお届けするため、印刷に使うインクの量をおさえています。
「それで白黒かい?」と。
ここまで話題になっちまったのはね、想定内よ。そりゃ、こんなシルバーの地に白と黒だけのパッケージを見せられりゃさ、誰だって驚くよね。
中東の政治情勢が緊迫化しちまったんで、印刷インクや包装フィルムの原料となる溶剤・樹脂、特にナフサなんだけどね、その調達が難しくなっちまったという理由は、メーカーがマスコミ向けに発表して、SNSで拡散された。
俺っちのパッケージカラーがこんなモノクロでも、スーパーやコンビニの棚に並ぶ。こりゃシェアトップのブランドだからできることで、他の競合ブランド、とくにいつ棚落ちするかビクビクしている泡沫ブランドがこんなことやった日にゃ、売り場での視認性がどうたらこうたらの話の前に、バイヤーから、いや卸から(気でも狂ったか?)と呆れられ、小売店頭から一掃されてしまうのは明らかだ。
それにしても、この俺を買った男、長年、マーケティング・リサーチの仕事で飯を食ってきたくせに、仕事を離れた日常生活での、俺たちのような日用品に対しての無関心さにゃ、呆れるばかりだ。俺には俺を買ってくれた人間の心が読めるからね。
メーカーのマーケティング担当者は24時間、自分の担当している商品のことを考えているが、消費者がその商品のことを考えるのは数日に一度あればいいほうで、売場ではほんの数秒、しかもほとんど無意識の領域であることも少なくないだろう。
メーカーの立場という偏りに囚われていると、消費者の心理・態度・行動を客観的・科学的に把握することはできない。だから、生活場面では、できるだけ職業的な態度から離れるというスタンスは、マーケティング・リサーチャーにとって必要、というこの男のポリシーはわかるんだが、あまりにも極端だ、この男は……。
スーパーの棚に並んでいた俺を見たこの男、いつも買っているメーカーの商品であるという認識に自信がなく、数秒どころか数分、棚に並んだ競合メーカーの商品と見比べながら、途方に暮れていた。いつも買っている俺たちのカルビーというメーカーさえ、きちんと認識してなかったんだから呆れたもんだ……。
こいつに買われてこいつの家に着いてから、洗面所にいる洗剤から話を聞いたら合点がいった。こいつは、何十年もの間、「アタック」と「アリエール」の区別がついていなかった。今でもどうでもいいと思っているそうだ。
どっちが花王でどっちがP&Gの商品かなんてまるで関係ない。ただ、スーパーやドラッグストアの店頭で、少しでも安かったり、目立っているほうを選んでいるそうだ。
つまり、こいつは、高度な大脳新皮質ではなく、爬虫類や動物の原始的な脳の判断、いや、反応で日用品を買っているわけだ。
ま、それはいいとして。メーカーの公式見解は「地政学的リスクを含む事業環境の変化に、機動的かつ柔軟に対応」するという、ただそのひとことで十分だろう。
そしてこういう〝ファクト(事実)〟に〝メッセージ〟を読み込むのは、世の中のあらゆる組織と個人の〝勝手〟なんだ。いつの時代でも。だから、経済・政治・社会との絡み、肯定と否定、好感と反感、SNSでの盛り上がりは想定内のことなんだ。
このことに限らず、経済・政治・社会と関係のないことはない〝メッセージ〟とは、それを発する主体(組織・個人)の思想・意思、つまりオリジナルよりも、それを受け取った組織・個人の勝手な解釈次第だということなんだろうな。
極端な話、もし政府の中で、今回のモノクロパッケージ商品をネガティブ、つまり、社会の安寧を脅かす可能性のある事態と解釈する声があがって、それが政府の見解のマジョリティとなれば、主体である企業の〝意思〟などそっちのけで、ネガティブなレッテルを貼られてしまい、そのレッテルが〝真実〟としてでっち上げられてしまう。人間社会なんてそんなもんだ。だから、まだ日本はマシだよね。今のうちだけじゃなけりゃいいんだけどな。
それで、フリーのマーケティング・リサーチコンサルのこの男、さっき言ったように普段は一消費者としての感覚を重んじすぎて、原始的な脳の反応(判断じゃないよ)で買い物してるけど、今回は割とメーカーの立場寄り(?)の考えのようだ。
消費者も、消費者の代弁者面した卸や小売りの流通業者も、「安くしろ! 安くしろ!」と馬鹿の一つ覚えのようなことを言い続けてきたけど、商品ってのはな、そりゃ沢山のファクターのつながりで出来上がるもんなんだよ。世間の連中が対岸の火事のように思ってる中東の情勢とかな、実は対岸の火事じゃねぇわけよ。
そりゃ、メーカーもな、今までは値上げをしてきたけどさ、普通の値上げじゃ、お前らの問題意識なんてこれっぽっちも変わりゃしねぇ。というのが、この男が最も言いたいことなんだ。
他には米国とイスラエル、イランの政治についても一家言あるようだが、それを言うとキリがないので言わずにおこう。
最後にね、決して大きなブームじゃないけど、AIを使って俺たちのパッケージをコラージュするだけじゃなく、マジックとかで俺たちのパッケージに絵を描くのって面白いね。論理とか理屈じゃなくって、こういうところが人間らしいんじゃないかな?
尤も、俺を買ったこいつにゃ、絵を描く素養がないようなんで、俺を引き立てる絵なんか描いちゃくれないがね……。
了

*ナフサの輸入量と価格の推移(「日経MJ」2026年7月29日 第7490号より)
《参考サイト》
中東情勢の影響による一部商品仕様見直しのお知らせ
