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DIC川村記念美術館 へ 

今年3月末に休館することが発表されたDIC川村記念美術館。

ずっと前から気になっていた美術館でしたが、遠いのと、どちらかというと抽象的な作品が多い印象があり、なかなか足を運べずにいました。抽象的な作品に対し、なんとなく取っ付きにくさを感じていたからです。私の母は日本画や中国の陶磁器が好きで、20〜30代の頃は私も母に連れられ山種美術館や出光美術館、国立近代美術館によく一緒に行っていました。そんな母はカンディンスキーなどの抽象的な作品を嫌っていて、私もがっつり洗脳されていました(笑)。一方でそういう作品を見て、心のどこかでいいなと思う気持ちもありました。でもそれを口にすると母に嫌われそうで怖くて言えず。母が嫌いなものは好きになってはいけない、そうやって勝手に自分に制限をかけていました。そんなことで母が私を嫌いになるわけないのに!
結婚して母と離れ、物理的にも精神的にも距離を置けるようになり、少ーしずつ自分の「好き」にも素直に向き合えるようになりました。

もちろん私は日本画や陶磁器は今でも好きですし、いろいろな美術館に私を連れて行って美術鑑賞の楽しさを教えてくれたのは他ならぬ母です。

前置きが長くなりましたが、この機会を逃せばもう一生、あの場所にあるDIC川村記念美術館と作品達を見ることができなくなる、これは頑張って行かねば、と思ったのでした。

連日多くの人で賑わっており、バスも大混雑、入場制限の行列もできているらしい。そんな話を聞き、行くなら平日で、夫が車を出してくれないかなと思っていたらあっという間に3月に。

夫が休みの平日に私も無理やり有休を取り、レンタカーを借りて連れて行ってもらいました。


美術館の建物は、正面から見ると円柱に三角屋根がちょこんと乗っていてなんだかすごく可愛らしい。正面から見ると奥行きが分からないのですが、大きな作品群に合わせ、広々とした展示室がいくつもあり、内部の広さには驚きました。設計はモダニズムの建築家、海老原一郎によるものだそう。

円柱部分はエントランスホールになっています。
中央下あたり、四角い窓が菱形に並んでいますが、
この窓には美しいステンドグラスがはめられています。



館内マップを見ながら回ります。

11の展示室、そして展示室と展示室の間にある廊下や階段も重要な役割を持っています。廊下や階段で鑑賞者は先ほどまでの作品の余韻に浸り、そして廊下から見える外の風景で一旦心を落ち着かせてから、次の作品へと導かれていくのです。


101室は[印象派からエコール・ド・パリへ]。
この部屋で一番惹かれたのは、コンスタンティン・ブランクーシの《眠れるミューズ II》でした。静かに静かに横たわる頭部は、古代も未来も内に秘めた、時間を超越した存在に見えました。この作品には、美術館の閉館なんて全然関係ないことのように思えてきました。

102室のレンブラント《広つば帽を被った男》、抽象画の並ぶ103室を経て廊下を進むと左手には「ロスコ・ルーム」へと続く廊下が現れます。


この美術館の一番の見どころとも言えるロスコ・ルーム(106室)は、マーク・ロスコのシーグラム壁画を展示するために作られた部屋です。照明を極力落とした部屋は一瞬、不安を覚えるくらいの暗さでした。目が徐々に暗さに慣れてくると、くすんだ赤を基調とした大きな大きな絵が浮かび上がってきます。じっと見ているとさらに目が慣れ、絵の見え方も変化してきました。七角形の部屋の壁1枚1枚に展示された7枚の絵は、見る者に7方向から迫ってくるような感じでしたが、私は不思議と落ち着いた居心地の良さを感じました。

ロスコ・ルームは入場できる人数を制限していたため滞在できる時間も限られており、ゆっくり見ていたら「もう出てください」のアナウンスが。ちょうど目が部屋の暗さに慣れてきていいところだったのにー!慌てて全部見て、その光景を目に焼き付けてきました。


階段を上がって2階へ。

201室はフランク・ステラの大きな作品のための部屋でした。最初に展示してあった《トムリンソン・コート・パーク(第2ヴァージョン)》は黒一色にストライプが描いてある作品でした。

この作品、どんなに見ても黒いストライプ。黒いストライプ。黒いストライプ。。。結局、黒いストライプしか見えなかった私。でもなんだか好きな絵でした。

ミュージアムショップで購入した美術館のコレクション図録によると、フランク・ステラの本作を含む〈ブラック・シリーズ〉は、絵画が何かを物語るものであることを否定し、ただあるがままに見ることを提案する絵画、つまり他の何物でもない、ただ「黒いストライプ」が描かれている絵画である、とのこと(こうやって正解探しをしてしまう。教育の罪ですね。)。フランク・ステラも“What you see is what you see.“(あなたはそこに見えるものを見ているのです)という言葉を残しているそう。

何においても「そこから何を読み取れるか」でその人の実力が計られているような昨今。普段も空気を読む、行間を読む、察することのできる人が賞賛されます。

「あるがままに見る」って簡単そうですが、実はすごく難しい。自分が見たものを信じられなかったり、あるがままに見ただけだとアホとか言われるんじゃないかと思ったり。逆にあるがままに見たらダメで、裏を読まなければいけない時もあります。うーん、難しい。結局その時その時で臨機応変にやっていくしかないのでしょうけど^^;

こんなふうに、絵を見ることは人生を考えることにもつながるんですね。


フランク・ステラの201室から203室は大きな部屋が続きます。展示してある作品も大きな抽象絵画がメインとなっています。

私が一番好きだった絵は、203室[ネオダダからミニマリズム、日本の現代へ]にあった、ジョセフ・アルバースの《正方形讃歌:ホワイト・ランド》。ジョセフ・アルバース(1888-1976)はドイツのバウハウスで学び、自身もバウハウスで教えたのち、アメリカに渡り、多くの芸術家を育てました。

《正方形讃歌:ホワイト・ランド》はタイトルのとおり正方形をモチーフにした作品です。〈正方形讃歌〉は正方形の画面に3〜4個の正方形が入れ子状に描かれています。ジョセフ・アルバースは1950年から1000点以上の〈正方形讃歌〉を描き、色彩、正方形の位置や比率が全ての作品で異なるそう。

コレクション図録によると、〈正方形讃歌〉の多くは繊維板の裏側の粗い方に描かれており、そのざらつきが光を吸収して柔らかい印象を与えているとのこと。

川村記念美術館にあった作品は、一番外側が淡い抹茶のような色、次が桜の花びらのような色、一番内側がオフホワイト。絵は四角いけれど、見た瞬間心が丸くなるのを感じました。見ていてすごく心地よかったです。



最後に、混雑で見損ねていた1階の110室へ。

私が一番楽しかったのは110室でした。
館内マップによると、版画、写真、ドローイングの紙作品を目一杯展示しました、という110室。
本当に3方の壁目一杯にピカソからアンディ・ウォーホル、ロイ・リキテンスタイン、浜口陽三、山口長男等々の作品がところ狭しと並んでいます。並べ方はどうやって決めたんだろう。ああでもないこうでもないとすごく時間をかけて決められたのだと思いますが、並び順に必然性を感じました。
この部屋で特に好きだったのは、エルズワース・ケリーの《無題(レッド)》、ロイ・リキテンスタインの《大聖堂 #1》でした。《大聖堂 #1》はクロード・モネの《大聖堂 》のオマージュです。

エルズワース・ケリーの《無題(レッド)》については川村美術館のページを見つけました。


ちなみに夫が一番好きと言っていたのは203室にあったジャスパー・ジョーンズの《パン》だったそう。意外なチョイス!
鉛板をプレスしてレリーフにした作品で、本物そっくりの食パンが浮き彫りにされています。確かにあの作品が家にあったらちょっと楽しくなりそう。

ミュージアムショップでは美術館所属の作品図録やロスコ・ルームのポストカードセット、面白い形のサイコロ、そしてこの美味しそうなピーナッツクリームを購入。一瓶分のクリームは恐ろしいほど高脂肪高カロリーに違いありません。食べ始めたら止められなくなりそうで、まだ開封していません笑。


作品を見たあとは、庭園を散策しました。

大きな池があるからかすごくひらけていて、秋なんか紅葉を見ながら散策したら気持ちいいだろうなぁ。

左の噴水近くに白鳥が小さく写っています。
白鳥たちは飛べるのでしょうか?それとも羽が切られて飛べないようにされている?
気になってしまいました。
カタクリの花が咲いていました。

改めて、あんなにいい場所がなくなってしまうんですね。
いろいろと揉めているようですが、あの部屋、あの空間から作品たちが消えてしまう、ということが信じられませんでした。

美術館は六本木に縮小移転するそうで。
移転したらまた行ってみようと思います。


駆け込みみたいになってしまいましたが、本当に行って良かったです。

忙しいのに、しかも絵にはあまり興味がないのに、車で連れて行ってくれた夫に感謝です。