【selfish】“はんぶんこ”なのはなぜ?綺麗事だけじゃない『透明無尽』の魅力
はじめに
今回はセトリでも常連の『透明無尽』について書きます。
selfishの「自由に泳ぐ」というコンセプトを直球で表現している点、推しの華月菜々子さんの「僕らは自由だ」の歌詞が印象的な点など、魅力満載で大好きな曲の一つです。
また、曲だけでなくフリもかわいい!特に「泳いで行こう」の部分がかわいいので是非チェックしてください!
【ライブ動画】
【歌詞全文】
そもそも、『透明無尽』という言葉はあるのか?
『透明無尽』は造語です。辞典や一般的な日本語検索では定義も用例も確認できません。また、『透明無尽』はselfishの「1st Oneman Live」のタイトルになっており、新曲として登場しています。
個人的な解釈として、『透明無尽』は、「目に見えなくても、限りなくそこにあるもの」であり、歌詞の「突拍子もない未来」や「無限にある選択肢」が具体化された表現の一つと解釈しています。また、ライブのタイトルになるくらいなので、selfishのコンセプトの「自由に泳ぐ」=「透明無尽」とも解釈できると思います。
なぜ、“はんぶんこ“にして淀んだ視界を残すのか?
君の心が濁ったら
透明な僕とはんぶんこ
淀んだ視界 少しくらいはましさ
すごく印象的な歌詞ですが、この歌詞を聴いたときに、「なぜ、はんぶんこなのか?」と思いました。一般的な応援ソングは、「全部救ってやるぜ!」ぐらいの勢いのある曲が多いですが、『透明無尽』は「はんぶんこ」と表現しています。
この件について、私の解釈としては二つあります。
①完全に濁りのない状態はリアルではなく、人間は一定、不安や闇を抱えるものであるから
②君と僕は対等な存在であり、全部背負うのではなく、一緒に分けあう存在として捉えているから
現実を表現した「はんぶんこ」の歌詞と、「僕らは自由だ」などの理想論のような歌詞が対比して、印象に残るのではないかと考察しています。
個人的に好きな歌詞抜粋
この眼に映る毎日が
輝いて見えるよ
気高く 自由を謳歌して進め
その先で きっともっと
両手いっぱいの「大切」に出会う
推しの華月菜々子さんから始まり、華月菜々子さんで締めるパートです。この間、歌割が細かくなっており、「気高く 自由を謳歌して進め」は絢野かのさん、「その先で」は清水玲衣さん、「きっともっと」は渚ここあさんが歌っており、テンポよく流れていて心地がいいパートです。
selfishの全体的な魅力の一つに、単に自由を歌っているのではなく、「責任」や「他者」を感じるところにあります。この歌詞も‘’自由の中の気高さ”や、自由の先には“大切に出会う‘’など、好きに生きることが自由!ではなく、自由になるためには?、自由のその先は?みたいな一歩踏み込んだ部分を歌っているところも、惹かれる要素なのかなと思います。
おわりに
いつも思うのですが、冒頭の「午後6時 交差点 お互いが透明人間だった」のところがけっこう低い音程で、絢野かのさん、難しいだろうなと思いながら聞いてます。また、『透明無尽』は「closet」と同じ、作詞がRei Kisekiさん、作曲がsyosyosyosyosyoさんです。どうりで私が好きなわけです。
TIFメインステージ争奪LIVEで『透明無尽』はセトリに入っていませんでした。selfishの楽曲層の厚さを感じる一方、『透明無尽』は恐らく決勝で持ってくると思います。真夏のメインステージで高らかに、「僕らは自由だ!」と叫んでほしいものです!
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