歯虫 【ショートショート】
歯医者ってのはコンビニよりも多いらしい。
そのうち神社仏閣よりも増えるんじゃないだろうか。
僕は痛む虫歯をほほの上から抑えながら、そんなことを考えていた。
あと何度 歯科に通えばいいのか。
あといくらお金が必要なのか。
不満と不安ばかりが募るこの待合室には独特な空気感が立ち込めている。
それにブーンブーンと羽虫が飛ぶような音もして不快な気持ちになる。
一発で綺麗な歯になって、尚且つ安い治療法があればいいのに。
これだけ技術が進歩しているのにおかしな話だ。
陰謀論者じゃなくても陰謀を疑ってしまう。
最近じゃ殺虫剤メーカーとデンタル業界が手を組んでいるなんて意味不明な陰謀論もある。
「受付番号23番の方~診察室へどうぞ~」
個人情報の観点から名前を呼ぶことをやめたらしい。
そんなところに気を配っていないで もっと簡単に歯を治療できるように努力してほしいもんだ。
僕はため息をかみ殺して診察室の椅子に座る。
「ん~やっぱり抜歯しかないね~」
そうでふか、と口を開けたまま答える。
なら前の時に抜いてくれよ。
治療費がかさんで仕方がない。
「本日は5,300円ございます~」
痛い思いをして大切な歯を奪われてお金まで支払うとは。
なんと情けない。
僕はとぼとぼと歩き歯科を後にした。
ピンポーン。
家で入れ歯かインプラントか悩んでいるとインターホンが鳴る。
僕はしっかりとため息をつきながら玄関へ行く。
「どうもこんにちは。歯のセールスに参りました」
ビシッとスーツを着こなしたおじさんが大きな声で言う。
「抜歯されたばかりで さぞお辛いでしょう。わが社の製品ならきっと貴方様のお役に立てると存じます」
僕が何かを答える前にまくしたてる。
「この『歯・エール』を使うと、あら不思議。すぐにニョキニョキっと歯が生えてくるのです」
そういいつつ500mlのペットボトルに入った薄い紫色の液体を見せてくる。
ラベルには派手な文字で「歯・エールで生える映える美しい歯」と書かれている。
「今なら一本500円!定期購入でございますと一本400円!お客様大変良いタイミングで抜歯をなされて羨ましい限りです」
「使い方は超簡単。この歯・エールを口に含んでぐちゅぐちゅと口腔内をゆすぐだけでございます。飲み込む必要はありませんので体には何の害もありません」
僕は まぁ500円なら試してみるかな。
なにせインプラントは数十万円もするのだから。
「では、もし定期購入をご希望される際にはこちらにお電話ください。あと、弊社は殺虫剤も取り揃えておりますので必要になれば是非そちらもご検討ください」
僕は500円を支払い歯・エールを手に入れた。
さっそく洗面所へ行き口に含んでみた。
スースーして口腔内が爽やかになった気がする。
ラベルの説明によると、一晩立つと歯が生えているらしい。
僕は期待半分で床に就いた。
翌朝、歯・エールの事なんて忘れて歯を磨きにいくと驚いた。
本当に歯が生えている。
白く美しい歯が。
他の自前の歯がくすんで見える。
全ての歯を抜いて歯・エールで生やした方がよっぽどいいのではないかとさえ思った。
食事をしてもしっかりと噛める。
こんなにもしっかりと食事を楽しめたのはいつぶりだろう。
しかしその夜、歯は使い物にならなくなった。
歯のてっぺんに穴があき、羽虫がたくさん這い出てきて口から優雅に飛び去っていったのだ。
僕は唖然とその様子を見ていた。
抜け殻になった歯はポロリと抜けた。
そして合点がいった。
だから定期購入なんてシステムがあったのかと。
その虫の飛ぶ音はいやに高く耳障りだった。
最近どこかで聞いたような気がする。
僕はすぐに名刺にあった電話番号にコールし、歯・エールの定期購入を申し込み 殺虫剤を購入した。
僕は安心して 歯・エールで口をゆすぎ床に就いた。
