音楽も医学も、昔は“重くて高かった”
かつて音楽を聴くにも、医学を学ぶにも、もっとお金と手間がかかった。
音楽の話から
今では当たり前のサブスク音楽サービス。
でも、日本でのスタート当初は全然違った。
2008年、海外でSpotifyが始まったとき、「いつか日本でも」と心躍らせていた。ヨーロッパ旅行で実際に使って、その魅力に完全にハマった。
2013年、日本法人ができて「いよいよか」とメール登録。ところが招待メールが届くまで、そこから3年。2016年10月、ようやく使えるようになったときは、懐かしい曲、新しい曲、音楽とともに記憶まで鮮やかに蘇った。
ただ、その手軽さに少し戸惑いもあった。
「音楽って、こんなに簡単に手に入っていいんだっけ?」と。
昔の音楽の手に入れ方
当時の主流はCD。シングル約1000円、アルバム約3000円。
ラジオや街で耳にして、「どの曲を買うか」を真剣に悩む。
手に入れた曲は、歌詞も曲順も覚えるほど繰り返し聴いた。
それが「所有する」ということだった。
経済的負担は決して軽くなかったけれど、そのぶん音楽体験は濃かった。
医学知識も似ていた
医学知識は音楽ほどサブスク化されてはいないが、昔と今とではまるで別世界。
基本は今も教科書だが、手技の予習ならYouTubeで質の高い動画がすぐ見つかる。
以前はそういう情報を得るために、マニュアル本を何冊も買うしかなかった。
僕の勤務先では昔からUpToDateを契約しているが、以前は病院内の共用PC数台からしかアクセスできなかった。
論文執筆や学会準備のため、10万円近い個人契約をしている医師も珍しくなかった。
今では病院ライセンスで全員が個人デバイスから使える。
医学書も電子化が進み、分厚い本を持ち歩く必要はほとんどない。
便利になったけれど
便利になった分、こうして得た知識はすぐに忘れてしまう気がする。
一方で、過去に高いお金を払い、必死に覚えたことは今も鮮明だ。
音楽も医学知識も、出費という「痛み」があったからこそ、手に入れた後に貪欲に聴き込み、読み込み、自分の血肉にできたのかもしれない。
もちろん、もう高価なCDや重い医学書を抱えて移動する時代には戻りたくない。
でも、その時代があったからこそ、今のありがたみを強く感じる。
