“Dos Monos”というエンタメ2025年5月30日|梅田クラブクアトロ
初めてのDos Monos。 荘子itの仕事を追っているわけでもなく、『奇奇怪怪』のリスナーというわけでもない。ただ、ずっとそれなりに聴いてきた。 本人たちが今回のライブに強い意気込みと手応えを持っているのは伝わってきていたので、凄いものが見られるのではという予感はあった。
3人でのライブを見たことがないからフェアじゃない文章です。
結果、今年見た一番のライブだった。 これを超えるものを今年は見られない。 「初めてFlying Lotusを観たときの衝撃と混乱と快楽が、また……」、 そんな風に言ったら伝わるかな。
Dos Monosをバンドセットにして、そこにAC/DCをぶち込んだらヤバいのでは? そう思いついた人がいたなら、それは天才だと思う。——まあ、人はそれをBoredomsと呼ぶのかもしれない。ちょっと違うけれど。
※注:私の言うAC/DCはギターリフ主体のハードロックのことです。
Dos Monosはそのうえで、没という一級のエンターテイナーがいる、カリスマ荘子itがいる、TaiTanがある。
没のラップは熱がこもり、観客を引き込み、荘子itはギターを抱え、そのラップで緊張感をもたらす、TaiTanは言葉の抜き差しや独特の「間」で空気を支配する。
カタチとして完璧。
3人ともスタイルはまったく違い、音の中で自然に役割が分かれていて、
時に独立し、時に混ざり合う。
「あーヒップホップクルーだ」
「あー気持ちいい」
尿意すら忘れるほどに。
Dos Monosの印象は、「Robert Glasper、Frank Zappaをごった煮にして、Death Gripsをやるぞ」というものだった。高尚で、少し距離があった。
去年のアルバムも、今年のEPも、それとは違う方向に進んでいたはずなのにまだ遠かった。
今回のバンドセットは直感的に楽しい 。
ロックバンドとしての構造を得たことで、音に手触りが生まれた。
なにより3人がそのことに興奮しているようだった。
それが伝わってくる。
Flying LotusとAC/DCが同時に生で鳴っている。
そこにラップが乗り、3人が本気で楽しんでいる。
あとは自由にやるだけ。
音に身を委ねて、踊ったり、叫んだり、ステージを見て興奮したり、
ミニマルテクノで踊ってる時みたいに脳みそがぐるぐる回転しだしたり。
そして何よりBoredomsが鳴っていた。
Vision Creation Newsun! Are-------!
メロディやシンガロングはないので、曲を知らなくても楽しめる。
これはすごい強み。
ラップが苦手でも、ロックが苦手でも問題ない。
ラップが苦手な中年はたくさんいる(がんばれ)。
ギターロックがわからない若人も多いらしい(そらそうだ)。
みなさんDos Monosです。 それくらい、身体に届く。
超肉感、超快楽。
もうちょっと褒めてみよう。Beastie Boysを例に出すとヤバすぎか。
ホモソーシャル感をあーだ言われることも多いだろうけど、 Beastie Boysに通じる知性とチーム感、仲間うちのノリだけでなく、その上でのプロフェッショナリズムをライブに持ち込んでいる。
それが息苦しさにならず、開かれた楽しさとして伝わってくるところが、いまのDos Monosの良さだと思う。
まあ、同じ、中高一貫、私学、男子校、シスヘテロ男性の意見ですが。
会場はとても盛り上がっていて、こんなライブは久しぶりだった。
跳ねて、踊って。そうでない人も自然とリズムを取り、楽しんでいた。
みんな笑顔だった。
最後に3人全員がフロアにダイブして、ステージからDos Monosが消えた。
みんな笑顔(苦笑)だった。
とてもいい空間だった。
今年のFuji Rock FestivalのWhite Stageに彼らの名前がないのは、ただただもったいない。東京と大阪だけなので、このライブを観た人は、おそらく1000人にも満たない。 もしこれをWhiteでやったら、あのBattlesのときのような空気になるだろうと思う。
でも、Dos Monosやあっこゴリラ、フェスでもバイラルヒットでもない、メジャーでもアンダーグラウンドでもない、違う位層からムーブメント起きつつある気がする。
それをとてもポジティブに感じる。
京都にも「Fujiを目指してもしゃーないやろっ」てバンドがいくつかある。 Dos Monosを見ておくと良い。
3人とも多才で、それぞれ別の分野でも活躍している。
Dos Monosで食ってない。
だからこのテンションでの活動が続くのかは分からない。
でも、続けばもっともっと良くなる。
なんてたって、この編成でまだ2回目だから。
このDos Monosがもっとライブを重ねられますように。
