感情を情報化するために言葉がある。言葉から感情は生み出せない。その不可逆変化に気付いた最近のこと。
私たちは一人一人、全く違う宇宙を生きている。
そんな宇宙人同士が、なんとかコミュニケーションを交わそうとして、言葉という記号の伝達が生まれた。
でもいつからか、宇宙人は傲慢になる。
これだけ言葉を尽くしているのに、どうして自分の宇宙は理解されないのか、自分以外の宇宙なんて甚だ理解できない、と。
もともと異なる惑星の生き物同士、それぞれの宇宙を正確に表現するなんて不可能だからこそ、削ぎ落として擦り寄せて、共通認識の概念に落とし込んで、ようやく完成したのが「言葉」であるというのに。
勝手に無力さを感じては、嘘を吐いた方がよっぽど本当っぽく見えたり、複雑な本音を言わない方が正しくなるような瞬間に、虚しさを覚えたりもする。
よく心の中を整理するために言葉にして書き出すといいなんていうけれど、それはきっと、自分の宇宙をちゃんと諦める作業だからなんだ。
諦めきれない奴には、これが出来ない。
言葉を、感情の具現化だと勘違いしている。
宇宙とは一人一人の感情であり、どこまでも不確定に広がっている。
言葉がその全てを拾い上げることは不可能だけど、永遠に続く宇宙に独りぽつんと浮かんで無秩序さに飲み込まれそうなとき、掬い上げてくれるのは、言葉という秩序を持った他の惑星からの通信なのだろう。
そして、私の惑星に咲いている花も、風の匂いも、説明がつかないその景色のすべてを、知っているのは私だけじゃないと、私は消えてなくなってしまう。
