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社長が教えてくれたこと15:少しずつ視線を上げていく

※この物語は、半分フィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

新年度が始まり、新入社員が配属されました。
いろいろ立て込んでいて慌ただしい中、後藤部長から「人事部の育成計画が作れなくて……案を作ったので送ります」と声をかけられました。
「わかりました」と答えてしばらくすると、部長から資料が届きました。

そこには、人事部の業務が100項目以上ずらりと並び、脇にはメンバーの名前が書かれていました。
「健康診断:石田」「給与計算:有馬」「資格取得関連業務:小泉」「労働時間管理:後藤」など、全員の名前がまんべんなく入っています。

資料を眺めながら「どう考えようか」と思っていたところ、江川社長から「人事部の年度方針を確認したいので、後藤部長と一緒に打ち合わせに来てください」と内線がありました。

慌てて後藤部長と方針をまとめ、育成計画はひとまず部長の案を持っていくことにしました。

一通り資料に目を通した江川社長は、育成計画を手にして後藤部長に尋ねました。

「この育成計画は、実務担当者を示しているのか、責任範囲なのか教えてもらえますか?」

部長は「はい。それぞれが担当する仕事と担当者です。去年よりも担当を増やして、より幅広く経験できるようにしています」と答えました。

「なるほど。では、例えば小泉さんの『資格取得関連業務』は?」と社長が尋ねると、後藤部長は「資格試験の申込書の回収、受験料の徴収や振り込みなどです。本人たちに任せると忘れるので、声掛けして管理します」と説明しました。

社長は少し考えてから、穏やかな声で言いました。

「確かに、人材育成という観点では人事課長の仕事ですが、受験の手続きや費用の回収、振込といった細かな実務まで担うのは、少し違うのではないでしょうか。
資格取得関連なら、『今年はこれを重点的に学ばせよう』とか、『資格をどう活かすか配属先と調整しよう』など、計画や判断こそ、人事課長の役割だと思うんです」

後藤部長は、少し気まずそうに「ですが、これまでは私がやっておりました。先日、社長から『実務から離れるように』とご指導いただいたので、小泉さんに引き継いでもらおうと思って……」と説明しました。

社長はその言葉に頷きながら、「もちろん、プレイングマネージャーとして実務に関わる場面もあります。ただ、サッカーの監督が選手と一緒に走り回ってしまったら、誰が全体を見て判断するのか──そういうことなんです」

学生時代にサッカー部だった後藤部長は、少し考えてから「でも、私はずっとやってきたんです」とつぶやきました。

「わかります。だからこそ、まずは役割を分けて、少しずつ“判断する仕事”に移していく方がいいと思うんです。
仕事の数を増やすのではなく、質を高めて、部下の視線を上げていく、ということですね」

「わかりました。もう少し考えて、またご報告します」と言って、部長は社長室を出ていきました。

部長が出ていくと、江川社長は静かに言いました。

「後藤さんは、これまで本当に丁寧に仕事をしてきました。その姿勢は素晴らしいし、私も信頼しています。ただ、部長としてもう一歩成長してもらいたい。小泉さんも、一緒に考えてください」

社長室を出て、私は資料を読み返しました。
今やっている仕事を書き出して担当を割り振るだけでは、「現状維持でいきます」というメッセージになってしまう。それでは育成計画にはならない。
ここに書かれている仕事の質を高めていくこと。
そして、ここに書かれていない仕事を書き足していくこと。

それが、後藤部長と私に求められていることなのだろうと思いました。
私は、会議室を予約して、後藤部長に声を掛けました。
「コーヒーでも飲みながら、人事部のこれからを話し合いませんか?」

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