短編小説|操り人形
俺は男兄弟の真ん中で育ち、部室の汗とプロテインの匂いが染み付いたむさくるしい環境だけで生きてきた。男友達からは「かっこいい」「兄貴肌」と評され、むやみに距離感を詰められる。
鏡に映る俺の顔は、自他共に認める男前だ。
なのに、女子の前に出た瞬間だけ、脳のどこかが焼き切れたみたいに言葉が出なくなる。
スマホの連絡先が男の名前で埋まるほど女子への免疫は、ほぼゼロに等しかった。
女子と話したい。女子にモテたい。
ただそれだけなのに、どうしても最初の一歩が踏み出せない。生まれてこの方、一度もモテた試しがないまま、どうすれば彼女たちの視界に入れるのか、その方法すら想像がつかなかった。
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ある秋の放課後、男友達や後輩数人と、その中にたまたま混ざっていた女子三人――いつも古書を開いている斉藤、派手なメイクでカースト上位の藤川、距離感の近い体育会系の細井――と、巷で「恋愛運が爆上がりする」と噂の神社へ行くことになった。
藁にもすがる思いで賽銭箱に五百円玉を叩き込み、俺は目を閉じて念じた。
――とにかく女子にモテますように。
ふと横を見ると、三人は熱心に手を合わせていた。それぞれの横顔を盗み見ながら、俺は改めて自分の不甲斐なさを噛みしめた。こんなに近くに三者三様の魅力的な女子がいるというのに、俺は自分から声をかける勇気すら持ち合わせていない。
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異変は翌朝から始まった。
「兄貴、これ、俺の自信作っす」
後輩が差し出したタッパーには、異様なほど整列した卵焼きが詰まっていた。登下校では男友達が「送らせてくれ」と待ち伏せしている。男たちは日を追うごとに執着が激しくなり、包囲網は狭まっていった。
関係する男達は、この前に神社に行ったメンツだった。薄気味悪さに耐えかねた俺は、男達に追っかけられながらも原因を探りに神社へ向かった。
境内の片隅に身を滑り込ませた時、古い立て札の注意書きを見つける。
『当社の縁結びは、あなたを【最も激しく必要とする者】との間で発動します』
立て札の墨が、不自然ににじんでいた。
俺を最も激しく必要としているのは――女子ではなく、男たちだったのか。
「兄貴、こんなところにいた」
石段の下から声が響く。
(待てよ。一緒に行った女子たちは俺を必要としていない。だからこそ“まとも”だ。事情を説明すれば、きっと助けてくれる)
俺は男達を避けながら、神社を飛び出し女子のいる学校へ駆け戻った。
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校舎に入って、俺は急いで階段を駆け上がった。
廊下の先に、三人の姿が見えた。
斉藤、藤川、細井。
(この地獄から抜け出すには、あの三人しかいない)
俺が心底から「彼女たちを必要とした」瞬間、俺の中の空気がひっくり返った。
ごく自然に三人の前へ飛び込む。
その瞬間、俺の肉体が跳ねた。
まるで精密にプログラミングされた多軸ロボットが強制起動したかのように、俺の肉体は、三者三様の「落とし方」を瞬時に割り出して最適化を始めていた。
まず、俺の足は文学少女の斉藤へと迷いなく踏み出した。肺が勝手に空気を吸い込み、喉の奥が自分の声の振動で気持ち悪く震える。自分でも聞いたことのない、文学的で静謐なトーンの声が滑り出した。
「君の読んでいる物語の続きを、俺の隣で聞かせてほしい」
言葉と同時に、左手が斉藤の華奢な肩をスマートに引き寄せる。彼女は息を呑み、本を落として顔を真っ赤に染めた。
次に、肉体はギャルの藤川を捉える。右腕を伸ばして彼女の腰を強引に引き寄せ、切れ味の鋭い、それでいて余裕に満ちた笑みを顔面に張り付かせた。
「お前さ、他の男ばっか見てんじゃねえよ。俺だけ見てろ」
普段の俺なら恥ずかしさで爆発しそうなセリフが、完璧な声量で放たれる。派手なメイクの藤川の目が丸くなり、すぐにトロンと潤んで俺の胸にデコを押し付けてきた。
仕上げは、お調子者の細井だ。視線で彼女の瞳をガチリとロックし、顔を至近距離まで近づけて甘い吐息を漏らす。耳元で、低く掠れた声で囁いた。
「いつも笑ってるお前が、俺の前だけで見せる顔、もっと教えてよ」
いつも男勝りな細井が、見たこともないほど小さく震え、借りてきた猫のような表情を見せる。
自分の意志とは無関係に、精密機械のような滑らかさで両腕が伸び、三人を同時に抱き寄せる。
その距離の近さに、三者三様の体温が重なる。
いつも物静かな斉藤も、カースト上位の藤川も、男勝りな細井も、今まで誰にも見せたことのない、剥き出しの“本音”の顔で俺を見上げていた。
俺の持て余していた外見の良さに、呪いによる絶対的な積極性が噛み合った瞬間、世界が一変した。
自分の意志では、彼女たちを解放することも、言葉を止めることもできない。
表情も声も四肢の動きも、すべて全自動。完全に呪いに肉体を乗っ取られた、ただの操り人形だ。
だが、俺の視界には、これまでに見たこともないほど安堵と幸福に満ちた三人の表情がある。
じっとこちらを見上げる瞳の奥に、“もう二度と離さない”という、三人に共通した底知れない執着の影が揺れていた。
意識だけがはっきりしている中で、俺は妙に冷え切った、しかし確かな全能感に満ちた結論に達した。
……呪い、最高じゃないか。
