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✛6/28に父が亡くなる前後

私自身への不甲斐なさ
やるせなさ一杯の、苦しかった心情があったの。
あふれ出す感情を少しずつnoteに書いてたの🍀

そんな中、ある記事をnoteにみつけ読んだ。「お父様との海の記憶など」を書かれていて、
読んでいたら 最後の方に
『お父さまへの供養のつもりで』と書かれていた。私、とてもジーンとして、コメント
残した。ジーンとして、合掌みたいなことを 本当にジーンとして、手を合わせたかったから。。

今日は、@ランポのさんぽさんからいただいたお返事コメントに涙が出てきて、ここに書きたかったよ。 わたしも、私の父さんの供養と、父さんが
亡くなる前に1人で渡って来た海への、、思い、ぶじに渡らせてくれてありがとう。

わたしは父さんを迎えに渡れなかった海へ、、色んな思いから 『感謝』と祈りを込めて。
帰りは遺灰になって海を渡った父さんへ、その時も
お遺灰を胸にできなくてごめんね。ずっと、そんなふがいなさをわたしを悔やんで責めてたよ。
泣きながらごめんなさい!そして、ありがとう!!
お父さんへ
(今も涙がいっぱい出るけどこころの深いところの
思いを出したよ。)🍀✨️

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下記がいただけたコメント全文です。
✨️@ランポのさんぽさん ✨️ありがとうございます🎵

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(@ランポのらんぽさんのコメント全文より)

心からのコメントありがとうございます。

ゆかりさんの記事も、読ませていただきました。

「黒暗い海」は、ただの海ではなく、お父さまへ向かうことのできなかった時間や、ご自身を責める気持ち、そのすべてを抱えた海だったのですね。

私の父は海で生きた人でした。

海は、人をつなぐ場所でもあり、どうしても渡れない境界になることもあります。

でも、不思議ですね。

渡れなかった海は、決して愛が届かなかった海ではないのだと思いました。


お父さまが最後に「迎えに来てほしい」と伝えられたこと。

そして、ゆかりさんが今も涙を流しながら言葉を紡いでいること。

その両方が、お父さまとの深い絆を物語っているように感じました。


海は思い出を飲み込む場所ではなく、いつか優しく返してくれる場所なのかもしれません。


私も父への供養のつもりで書きましたが、ゆかりさんの言葉にも、お父さまへの大きな愛があふれていました。


きっと海の向こうで、お父さまも「よかよ」と微笑みながら読んでおられる気がします。


温かな時間を、本当にありがとうございました。

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@ランボのさんぽさん♫ありがとうございます🌟

〜★おおきな海の愛がやさしく世界につながりますように〜★ わたし 、涙もだいじに流しました

海は全てを見つめているのかな?
やさしくつよく温かな人びとのこころと深くつながっているのかもしれない 

海 へ ありがとう★




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