まんなかのベンチ
【プロローグ】まんなかのベンチー風が止まるときー
年中、海風が吹きぬける町があります。
海沿いの小さな道を、ずっと通り抜けて、うっそうとした木々の中へ。
景色がいいわけでもなく、居心地がいいわけでもない、
誰もが興味を示さないような場所に、ふいに、そのベンチは現れます。
潮風にさらされて、木の色も、背もたれの形も、すっかりくたびれてしまったベンチ。
けれど、そのちょうど “まんなか” に、いつもひとりの子どもが座っているのです。
海よりも深い青いフードをかぶったその子の名前は――マウムくん。
その目は、遠くのなにかを見ているようで、見ていないようで。
誰かを待っているようで、待っていないような顔をしています。
マウムくんは、ただ静かに、海と森の風の音にまぎれるようにして、そこに座っています。
ベンチの右でも、左でもなく、 “まんなか” に。
そこを通る人は、ふと立ち止まり、こう思うことがあります。
――あれ?あそこに、子どもが座っていたような……
いや、気のせいだったかな。
けれど、次の瞬間には、また別のことを考えて、通りすぎてしまいます。
このベンチには、ちょっと不思議なうわさがあります。
「町の風が止まったとき、このベンチに来ると、何かが起こる」
そんなことを、町の誰かが、ぽつりとつぶやいたとか。
それは、夏の終わりのある日のことでした。
海風がぴたりと止まり、木々のざわめきが、ゆっくりと静まり返った午後。「大人になりきれなかった大人」と「子どもでいられなかった子ども」が、このベンチにたどり着いたのです。
これは、そんなふたりと、マウムくんが出会った――
とても静かで、とてもふしぎな、一日の物語です。
著者のことば
これは「大人になりきれなかった大人」と
「子どもでいられなかった子ども」の物語です。
名前を持たないふたりが、
ある風が止んだ日、不思議なベンチで出会いました。
心の奥に静かにひそんでいた“何か”が、
少しずつ動き出すような、そんなお話を綴っていきます。
