【創作】箱入り茄子
この大変に暑い中、安井がご苦労にもでかい箱を両の手に抱えてふぅふぅ訪ねにきた。聞けば親からたんまり茄子をもらったので、俺に分けにきたという。安井の実家はかなり規模のある農家で、毎年この時期には箱いっぱいに茄子が送られてくるらしい。今持ってきたものが、あと六、七箱あるようだから難儀だろう。俺が涼茶を出すと、安井は腹をすかした獣みたいにグイグイ乾し、締切があるからと再び灼けた地面を帰っていった。そんな思いをしてまでわざわざ持ってきたんだからやはり難儀だろう。
だが安井のみならず、俺も大変に難儀している。安井は知らないが、俺は札付きともいえる茄子嫌いで、茄子を食うぐらいならそこらの叢を跋扈する蚰蜒でも捕らえて食ったほうがまだいいぐらいには嫌いだ。前に、話のたねになるだろうと下手物屋に連れられたことがあり、俺はそこで南洋の蠍を食わされた。右の鋏がぶくぶく太って、鉄鎖のような尻尾を巻いたおぞましい目の生物だった。が、一口気丈に齧って見ると、その風貌に似つかぬ味がした。よい海老を食べたときと同じ味だ。その時は結局全て平らげ、南洋の人間は贅沢だなと店を出たのだ。茄子も蠍を少しは見習ってほしいが、残念なことに奴は風貌も異質なら味も異質だ。グニグニとしているくせに、使った油をつけたような風味がする。そんなのを箱いっぱいにもらっちゃあ、安井なんて浅瀬をばちゃばちゃ歩いてるようなものだ。段ボールの中では、濃紫に光る岡目面がたっぷり覗いている。
審議した挙句、俺は隣の家を訪れていた。料理好きのミヨならば、喜んでもらってくれるだろう。まだ十五だが、家業は一通りこなせる要領のよい少女だ。急な訪ねでも、彼女は快く迎えてくれる。
「あら、椰伎さん?どうしたの、そんなおっきなもの」
ミヨは首から鳩尾にかけてボタンの並んだ白いワンピースを着ていた。肩ベルトのようにフリルも軽くあしらわれていて、とても可愛らしい。
「さっき安井のやつが持ってきたんだ。これなんだけど、ミヨ好きだろう?」
「なあに?あぁ茄子じゃない、しかもこんなに沢山。もらっていいの?」
「いいんだよ。今の茄子はうまいんだろ、お母さんにも食べさせてあげな。それに俺が茄子だめなの、知ってるだろ」
ミヨと俺は、それこそミヨが生まれたときから知っている。昔、ミヨの母親が仕事から帰るのが遅くなっていた日は、細く泣くミヨを宥めながら帰りを待ったり、俺が日射病で臥したときは葱粥を作りにきてくれたり、俺は恐怖小説が苦手なミヨを、ミヨは俺の食の事細かな好みまで知っている。安井は前の仕事場で知り合ったばかりなので、俺の驚異的な茄子嫌いも知らないのだ。
「はいはい、そうよね。でもだめよ、椰伎さんまた現場仕事に戻るんでしょう?いろんなものを食べて身体を強くしなきゃ。今から焼き茄子にでもしようかしら。椰伎さんも一緒に食べましょうよ、もうすぐお昼でしょ?」
彼女は言葉の途中で台所に戻りはじめた。姿が消えてすぐ、チチチッと焜炉の音がする。
「えぇいやいや、やめてくれよ焼き茄子なんて。一番きついよ」
「だーめ、ほら上がって。もう火つけちゃったから」
たまらなくイヤだった。あぁ、今日の昼は三通り向こうの麺でも食いに行こうかとしていたが……。だが、彼女はこうなると聞かないし、無下にするのも何んだかイヤだ。結局、お母さんとも一緒になり、俺は御相伴にあずかった。ミヨの焼き茄子だが、やはり不味いものは結局不味かった。だけどもどういうわけか、今まで食わされたどの茄子よりもおいしいと思った。
今年もまた、安井は茄子を持ってきた。去年よりは少ないが、俺にとっては多かろうが少なかろうが茄子は茄子だ。今年もやはり、箱のなかで濃い紫の岡目面がこちらを覗いているのだ。ただ、安井には悪いけども俺はもう茄子を食いたくない。
俺は箱に蓋をし、軒先の涼しいところに遣った。そのまま忘れていたので、いつの間にか茄子は全て腐ってしまっていた。
