#読書感想文 「まっとうな人生」 絲山秋子
少し前に「逃亡くそたわけ」という本を読んだ。
その続編が、この「まっとうな人生」だ。
福岡百道の精神病院を抜け出し
同じ入院患者のなごやんと
九州を南下する逃亡劇を繰り広げてから
何年の月日が流れたんだろう。
時代は刻々と変わっていく。
ページを開くとまず
双極性障害を患う花ちゃんが
富山に嫁ぎ、伴侶を得ていたことに
親戚のおばちゃんのような気持ちで
しみじみとしてしまった。
しかも、しっかりと自分の意見を言える
10歳の娘までいる。
双極性障害と共に生きること。
それはとても言葉では言い表せない
孤独な道のりなのだと思う。
何故なら、その「本当の苦しみ」は他人には分からないから。
でも、分かろうとしてくれる人が側にいれば。
病気を当たり前にそこにあるものとして捉え
こんな時はこう、とたくさんの引き出しを
持っている人。
それが花ちゃんの夫となった
アキオちゃんだ。
アキオちゃんは花ちゃんに
気を使い過ぎることなく
言いたいことは言うし
時には不機嫌にもなる。
病気を見過ぎない。
なのにちゃんと思いやりや愛情が伝わってくる。
それは、どんな状態の花ちゃんでも受け止め続ける覚悟があるからだと思う。
花ちゃんが躁転して
電化製品を買い過ぎた時や
フッと灯火が消えたように沈む時も
アキオちゃんの一言は心に馴染むように
入ってくる。
私はアキオちゃんという人を
心底カッコいいと思った。
気遣ってくれる人が
1番近くにいる安心感。
花ちゃんは、ちゃんとそれを手に入れていた。
富山の地でなごやんと再会した時は驚いた。
どこか幼く駄々っ子みたいなところはそのままに
彼もまた家族を持ち日々を生きている。
逃亡くそたわけの時代から
花ちゃんとなごやんの間には
恋愛感情というものが
これっぽっちも芽生えないのには笑う。
あの逃亡を共にした戦友とも呼べる存在なのに
2人のビミョーな距離感は昔と変わっていない。
文中、あの忌々しいコロナ禍の
やるせない気持ちが淡々と綴られている。
咳をしただけ、他県を跨いだだけの人を
敵視する異常な自分の心理を
否応なしに思い出した。
冷静に毎日が過ぎていく今
もう一度「人に寄り添う」ことを考えてみたくなった。
自分の場合は50代になって
少し角が取れた気がする。
いい意味で肩の力が抜けた。
苦しんでいる人を前に
気の利いた言葉をかけなくても良い。
解決策を提案しなくて良い。
ただ、分かろうとすれば良いと気づいた。
歳を重ねるごとに
不自由は増えていくのかもしれない。
それでも誰かに寄り添う気持ちは失わずにいたい。
さりげなく相手を気遣える術は
ずっと磨いていきたい。
まずは目の前の夫に…
ありがとうでも伝えてみるか。
読んだ本 #まっとうな人生 #絲山秋子
#読書感想文 #読書記録
