雑誌「ぴあ」を知っていますか?
雑誌「ぴあ」は1972年に創刊された日本初の情報誌。
当時、中央大学の学生が、映画や演劇などの興行の情報を
まとめたものがない、と自分たちで作った雑誌。
雑誌の流通などの知識もなく、「置いてください」と書店を廻ったそうだ。
現在の紀伊国屋書店は彼らの熱意と先見の明もあり、販売をした。ぴあと
紀伊国屋の関係は現在もなお深いと言われている。
ぴあは「発明」である。雑誌とは全国情報で、リージョナルの概念はなかった。主婦の友誌から始まった雑誌文化は、文芸誌、生活情報、ファッション誌が多く、地域の興行をまとめて紹介するようなものはなかった。
一般的には、そう言われているが、実は関西では、
プレイガイドジャーナル、通称「ぷがじゃ」と言われる雑誌が
1971年に創刊されている。出版文化不毛の地と言われた関西で
本当は日本初の地域情報誌が作られていた。
もうひとつ、「Q」という雑誌もその後創刊され、ぴあは関西進出の際、Qを原型に創られた。
エルマガジン(エルマガ)は1979年、神戸新聞系から創刊された。その後、ぴあ関西版が創刊され、後発である関西のぴあのスタッフは、電車の吊り棚に、ぴあ関西版をわざと置き忘れるというプロモーションを行ったそうだ。
関西では、エルマガジン誌が神戸新聞系から京阪神エルマガジン社として分社し、「神戸からの手紙」という雑誌が「SAVVY」になり月刊化。そして、その2誌の広告集稿が好調で、溢れかえった広告を集稿する為に、シティマニュアル大阪というエルマガ増刊(MOOK誌)を原型に、誌名社内公募で「MeetsRegional」が創刊された。
その後、東阪で情報誌は乱立する。
マガジンハウス「Hanako/HanakoWEST」
角川書店「東京ウォーカー/関西ウォーカー ※最大全国8エリア」
講談社「東京1週間/関西1週間」
大手出版社の発行する情報誌は、興行(エンタメ情報)の枠を超え、タレントを表紙に起用し、グルメ情報、グラビアなどで構成され、映画、演劇も単館作品よりロードショウ系を大きく扱い、メジャー感いっぱいに創られた。
※蛇足であるが、ぴあやエルマガにあった、映画の星取表や、読者との関わりや投稿などをページの両端で紹介する「はみだしゆーとぴあ」(ぴあ誌)や「いえるいえる」(エルマガジン誌)のような温もりはなかった。ぴあ誌にはなんと「どじょうすくい教室」のような情報も掲載されていたらしい(笑)
そして在阪電鉄系企業は、地域情報を沿線魅力開発と捉え、阪急電鉄は当時コミュニケーション事業部から「大人の大阪」という雑誌を制作。TOKKのノウハウも活用し、大人の~シリーズは神戸、京都にも横展開された。阪急Gは後に、TBSブリタニアを買収し、pen、Newsweek、FIGARO等を発行する出版社となった。在阪電鉄他社も沿線情報のフリーペーパーという形で追随する
ウォーカー誌は、お金のない大学生が、コンビニで500円の弁当買うなら、500円でおいしい店お情報を提供する。そのコンセプトが当たり、その後、花見、花火、紅葉、クリスマスイルミなど、基本「タダ」で楽しめる街の情報を詰め込んだ。この手法は今でもテレビ局などは企画として踏襲している。
1週間誌は、デート誌としてのコンセプトを掲げ、ラブホテルなど、禁断の特集を企画し、人気を得た。※なぜ禁断かというと、ラブホテルを紹介することにより、シティホテルや一流ホテルは掲載そのものを嫌がり、所謂ナショナルスポンサーも出稿を躊躇するという広告業界の不文律があるから。
そして、発明といわれた「ぴあ」は休刊し、チケット販売の代名詞「ぴあ」なり、エルマガジン、Hanako、もブランドとして名前は残しているが定期刊行はされていない。ウォーカー誌、1週間誌も同様である。
今回の「飛ぶぴあ」は、紙の情報から、ネット情報へ「飛ばす」ことにより、検索情報でなく、編集され一覧化され、レコメンドされた一次情報をより深く知るために「飛ぶ」という仕様。これも実はネット情報が、紙の情報を凌駕していく過程で各版元は考えていたりやっていたりしていたことで、著しく新しい手法ではない。しかし、企業としての事業と考えるにあたり、ぴあ社の発想は、創刊時のパイオニア精神が根底にきっちり根付いている。
他誌と違い、興行情報エンタメ情報の特化しているという点と、チケット販売にリンクし、同社の基幹事業への直接効果も期待できる。
チケット流通、情報誌で天下を取った「ぴあ」
紙媒体の持つ意味を考える火も消えていなったのだろう。
ちなみに、「ぴあ」という誌名に意味はないらしい。
