小説『暁星』がそっと思い出させてくれた私の真理
最近Audibleにはまってしまい、すっかりnoteから遠ざかっていた。
仕事が忙しく読書もできない時は、移動中や家事をしながら聴けるのが、毎日楽しみの一つになってしまった。
最近聴いた中で心に残っているのが、湊かなえさんの話題作「暁星」。
物語は、文部科学大臣で文壇の大御所作家が、舞台袖から飛び出してきた男に刺されて死亡する事件から始まる。
この男が逮捕されたのち、週刊誌に手記を発表しはじめたのだが、そこには、この殺された大御所作家が深く関わっているとされる、新興宗教に対する恨みが綴られていた。
宗教2世の苦悩を描いている。
宗教によって家族の人生が壊れていく様は、現実に起きた某事件を彷彿とさせるあらすじに近い部分があった。
“信じることで救われたい人の弱さ”
そこにつけ込む構造”を淡々と描いていく。
誰も直接手を下していないのに、家族が壊れていく。
そこに宗教の怖さがある。
この物語を聴きながら、30年近く前のある出来事を思い出した。
まだ長男が1歳半の時、夫が椎間板ヘルニアの手術をした。
現在では、様々な治療方法ができたが、当時のヘルニアの手術は、体への負担も大きく医療費も高額だった。
にもかかわらず、手術後の夫の状態は良好とはいえず、私は「医療ミス」ではないかと思っていた。
そこは国の某大学病院で、白衣を着た格が上の教授の後に、何人もの医師が連なり回診に回ってくる。
その姿を見ていると、夫はモルモットのようで、まるでドラマ「白い巨塔」のようだ。
ある時、医師達が数人で部屋に入ってきた。
年配の医師はおもむろに「あまり良い状況とは言えませんね」という。
黙っていると「もしもの時のことを覚悟して置いてもらいたいのですが、手術前に署名してもらった用紙にも書いてあった通り、何かあったら責任は負いかねますので、よろしくお願いしますね」
表情は変わらず淡々とした口調で話した。
私はすぐに本音を吐き出した。
「そんなことを言われたら何を支えにしたらよいか・・」
するとその医師は
「そうなんですよ、世の中は神も仏もないのですよ、一寸先は闇です」
「でも!」
私は一瞬、横になっている夫の方を見た。
不安そうに天井だけを見つめている夫は、もはや、まな板の上の鯉でしかない。
これ以上言い返すと無抵抗の彼に何をされるかわからないほど、不信感の空気に包まれていたのだ。
結局夫は回復していったのだが、医療ミス(恐らく)のおかげで長い入院と療養生活を余儀なくされた。
もともと家計は不安定で高額の医療費もかかることから、1歳半の長男を保育園に預けフルタイムで働きに出た。
私の唯一の気晴らしは、休日の日、家のすぐ目の前にある公園で、息子と散歩をすることだった。
ある日、小学生高学年くらいの女の子を連れた女性が話しかけてきた。
表情はとてもにこやかで物腰の柔らかそうな女性だった。
話しが弾み、うちの今の状況も少し話し、挨拶をして目の前のアパートに戻った。
すると10分くらいしてチャイムが鳴った。
インターフォンに出ると
「こんにちは、先ほど話したものですが・・」
少し考えた。
私達の家はアパートの2階だが、家に入るところまでずっと見ていたのかと思うと、ぞっとした。
さらに、公園に一緒にいた女の子の異常なほどのよそよそしさにも納得した。
「なんでしょうか?」
「なんだかとても大変な状況なんですね」
「・・」
「読んでもらいたいものがあるのだけど・・とても素晴らしいことが書いてあって、今よりも幸せな気持ちになれると思いますよ」
と優しい声が聞こえてくる。
思わず私は少し感情的に言ってしまった。
「幸せ?それは自分の心が決めるんです!」
少し黙りその女性は静かに言った。
「強い方なんですね」
私は決して強くなんてない。
ただ、私の前に現れた現実と向き合って進んでいるだけ。
それが強いと言われればそんな人は世の中にたくさんいるだろう。
私を見て憐憫の情を抱いたのか?
インターフォンが切れた後、ポストにはある宗教のしおりが投函されていた。なんだかその時とても切なかった記憶が思い出された。
「暁星」という本のタイトルは「明けの明星」夜明け前の暗闇という意味。
金星は、夜明け前の暗い空にひときわ明るく輝く。
「夜明け前が一番暗い、だけど必ず日は昇る、人生の闇を乗り越え、暁の空に金星を探そう」
聴いていて、心が震える思いがした。
そしてずっと胸の奥にあった感覚を思い出した。
私はいつも、どんな出来事も、やがて平穏へ帰っていくと信じて歩いてきた。
