「ちゃんとやっているのに安い」の正体
Moneypenny File|思考の武器(RE:ARM)#26
長くフリーランスで仕事をしていると、
同じように頭を使い、同じように気を配っていても、
置かれる場所で値段が変わるのが、いやでも見えてくる。
テレビ局の案件。
制作会社の案件。
企業の案件。
ときには、政府系の案件。
関わる相手が変わるたびに、
同じ仕事でも、扱われ方が変わる。
単価の伸び方も変わる。
どこまで意見が通るかも変わる。
最初は、腕の差だと思っていた。
実力のある人は高く、そうでない人は安い。
世の中はそういうものだと、わりと素直に思っていた。
でも、長く現場をまたいでいると、
どうもそれだけではないことが見えてくる。
見えてきたのは、能力の差というより、
決定権との距離だった。
ちゃんとやっている。
丁寧にやっている。
むしろ、人より気を使っている。
それなのに安い。
この違和感を持ったことがある人は、たぶん少なくないと思う。
でも、多くの人はここで、自分を責める。
まだ力が足りない。
まだ実績が足りない。
もっと頑張らないといけない。
わかる。
私も、長いことそう思ってきた。
放送の現場は、気合いでどうにかしているように見える仕事が多い。
寝ない。走る。間に合わせる。
とにかく穴をあけない。
そういう文化の中に長くいると、
何かがうまくいかないとき、まず自分の努力量を疑いやすい。
でも、いろんな現場をまたいで仕事をしていると、
別のことが見えてくる。
値段は、能力だけでは決まらない。
ここが、やっかいで、でも大事なところだ。
同じ放送作家の仕事でも違いは出る。
伸びている企画の中にいるのか。
縮小している枠の中にいるのか。
予算が増えている領域なのか。
もう財布がしぼんでいる領域なのか。
これだけで、上限が変わる。
どれだけ丁寧にやっても、
市場そのものが伸びていなければ、
単価は上がりにくい。
ここで言いたいのは、夢のない話ではない。
努力の向きの話だ。
私は、放送の仕事を長くやってきた。
だからこそ、同じ「ちゃんとやる」でも、
どこでやるかで報われ方が変わるのを、何度も見てきた。
現場で重宝されることと、
値段が上がることは、
似ているようで、少し違う。
ここを混同すると、静かに消耗する。
次に、誰が値段を決めているか。
ここも大きい。
最終的にお金を払う人に近いのか。
それとも、間に何層も入っているのか。
層が増えるほど、起きやすいことがある。
情報が遅れる。
交渉がしにくくなる。
取り分が薄くなる。
責任だけが重くなる。
この構造は、現場を変えるとよく見える。
民間の案件でもそうだし、
政府系の案件になると、さらにわかりやすい。
予算の枠が先に決まり、
発注の層が増え、
最終の決定権から距離ができる。
同じように手を動かしていても、
どこにいるかで、
単価の伸び方も、交渉の余地も変わる。
ここでも見えてくるのは同じことだ。
能力の問題だけではない。
接続の問題がある。
私は放送作家だから、
つい番組みたいに考えてしまうところがある。
誰がスポンサーなのか。
誰が編成なのか。
誰が最終判断をするのか。
誰のひと声で空気が変わるのか。
そこが見えると、
仕事の見え方が変わる。
ギャラの話も同じだ。
いやらしい話だけれど、
いやらしいからこそ、ちゃんと見たほうがいい。
誰に気に入られるかではなく、
誰が決めているか。
ここを外すと、
頑張り方だけがどんどん上手くなっていく。
昔、制作会社が倒産して、
半年分のギャラが飛んだことがある。
あれは痛かった。
普通に痛かった。
でも、あとから残ったのは、怒りやショックだけではなかった。
誰が払うのか。
どこで止まるのか。
自分はその構造の、どこにいたのか。
それが、妙にはっきり見えた。
最終財布から遠い場所にいる怖さは、
こういう形でも出る。
仕事があるかどうかだけではない。
どこにつながっている仕事なのかまで見ないと、
本当の意味では安心できない。
現場にいると、
目の前の締切や、目の前の修正や、目の前の段取りで精一杯になる。
でも、お金の流れだけは、
忙しいほど見えなくなる。
見えなくなるのに、
影響だけはちゃんと受ける。
なかなか意地悪な仕組みだと思う。
最後に、希少性。
ここも誤解されやすい。
「ちゃんとやっている」は、もちろん大事だ。
丁寧にやることも、誠実にやることも、土台として必要だ。
でも、それだけでは差になりにくい。
同じことができる人が多ければ、
比較される。
代わりがきく。
値段も上がりにくい。
ここで必要になるのは、
派手な才能というより、
比較軸だと思っている。
何が違うのか。
どこで差が出るのか。
自分は何を見分けているのか。
それが見える人は、
少しずつ代わりがききにくくなる。
放送の現場で言えば、
同じ「面白い」でも、
どの順番で見せると伝わるのか。
どこで視聴者が離れるのか。
誰に何を言わせると生きるのか。
そういう感覚には、少しずつ差が出る。
でも、その差は、本人にとっては当たり前になりやすい。
だから雑に扱ってしまう。
ここも、もったいないところだ。
長くやって身についたものほど、
本人は価値に気づきにくい。
ここまで来ると、答えはわりとはっきりする。
「ちゃんとやってるのに安い」の正体は、
能力不足ではなく、つながっている場所の問題であることが多い。
市場が小さい。
決定権から遠い。
希少性が見えていない。
どれかが起きている。
たいていは、ひとつではなく、いくつか重なっている。
だから、
「もっと頑張る」だけでは変わりにくい。
頑張るな、ではない。
そこは誤解してほしくない。
頑張る前に、
どこにつながっているかを見たほうがいい
という話だ。
まずやることは、一つでいい。
自分の仕事で、
・誰が値段を決めているのか
・自分が何層目にいるのか
・どの市場につながっているのか
これを、一度だけ書いてみる。
きれいに整理しなくていい。
ざっくりでいい。
でも、見える形にする。
ここが見えると、
次の打ち手はかなり変わる。
私は、こういう違和感を、
感覚のままで終わらせたくなかった。
ちゃんとやっているのに安い。
頑張っているのに報われない。
その理由を、根性論で片づけたくなかった。
だから、収入がどう決まるのかを、
市場規模 × 決定権 × 希少性
という形で整理してみた。
このことを伝えたくて、いま本を書いています。
ちゃんとやっているのに安い。
その違和感は、たぶん正しい。
ただ、責める場所が少し違う。
自分を責める前に、
まず、つながっている場所を見たほうがいい
流れが変わるのは、
たいていそこからです。

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