いざとなれば私は逃げない
2024年の大晦日といえば?
もし10年後に振り返る時があっても
「B'z最高だった」とすんなり思い出せる自信がある。
新曲か〜朝ドラ主題歌だもんね〜絶対無理だけどLove Phantom聴きたかったな〜
なんて一瞬の願いが、数秒後に叶えられるとは思ってもみなかった。
こたつで居眠りしていた母親も一瞬で覚醒し
2人でライブさながら盛り上がる。もちろん「ウルトラソゥル!hey!」もやった。
大晦日であろうがマイペースな父はこの日も22時には就寝。
日付が変わる頃わざわざ起きてきて「あけましておめでとう」と挨拶すると寝室に戻って行った。毎年お馴染みの光景。
新年初の朝ごはんはうどんだった。
いつもならお雑煮を食べるがお餅を買い忘れたためうどん。
朝食を済ませると散歩がてらお墓参りと近所の神社へ。
初詣を済ませたらそのまま帰るつもりだったけど天気もいいし両親と三人、2社目のお参りへ行くことなった。


地元の人々に愛されてる神社らしく参拝客がたくさん。両親は毎年二人で来ているらしい。


帰宅してから一人いつもの神社へ。
新年早々会えたら最高だなと教会を覗いて行くことに。いるかしら。


いいお天気で気持ち良さそう。
陽に照らされ神々しい。
2025年からは新たに猫神様と呼ばせていただきます。
いつもの神社も大賑わいで、狛犬たちもなんだか誇らしげだった。
初詣で手を合わせると今大切にしているものがわかるような気がする。
今年どの神社でも祈ったのは祖母の腰の痛みが少しでも和らぐことと両親が1年無事に過ごせること。
自分の身に降りかかる困難は謎のポジティブ発動するため問題ないが、大切な人に降りかかる困難はなかなかむずかしい。神頼みになってしまう。
ただ神頼みする背景には「私の生活を犠牲にせず、大切な人たちを大切だと思い続けたい」という邪な思いがあることもわかっているので祈りつつも自分自身に「けっ!」と思ってしまう。
絶対守ると思うからこそ重圧から逃げたくなるし責任感じて離れたくなる。でもいざとなれば私は逃げないだろう。
だからもう少し、いやギリギリまで一人でいさせてくれと思ってる2025の元旦。
