【オハつぶレース】なぜ「レース」なのか?⑤
私ケータローは、
現在「こんな取り組み(↓)」を行っています。
【取り組みのタイトル】
ただオハヨウを呟き続けるレース
【何やってんのか?】
レース参加者に、
朝起きたら「オハヨウという挨拶」を、
noteの「つぶやき機能」にしたため、
当該共同運営マガジンに「追加」して頂きます。
「なぜ、レースなのか?」、
「挨拶なんだから交流ではないのか?」
そんな疑問を持たれる人もいるかもしれません。
理由はだいたい100個くらいありますが、今回は下記「理由9」を紹介させてください。
お知らせ
この記事は、「こちらの記事たち(↓)の続き」となりますが、
前の記事を読んでいなくても全く問題ありません。
今回は、
「noteの中級者向け」となります。
理由9
それは「これ(↓)」です。
気にするべきは、
「出来ているかどうか?」の前に、
「やれているかどうか?」だから。
noteを始めて「ある程度の事」を経験したあなたは、「こう(↓)」感じているかもしれません。
これで良いのだろうか?
「何に対して、これで良いのか?」は人それぞれだと思いますが、「だいたいこんな感じ(↓)」ではないでしょうか?
①
「作品を多くの読者に読んで貰いたい」、
そんな気持ちでnoteを始めたが、
このまま進み続けて、
はたして「多くの人に読んで貰える」が
達成されるかどうか分からない。
②
「noteで収益を得たい」、
そんな気持ちでnoteを始めたが、
このまま進み続けて、
はたして「収益を得る」が
達成されるかどうか分からない。
「アナタがnoteを始めた目的」、
「それが達成されるかどうか?」は絶対に気にすべき事です。
ときどき振り返り、
「これで良いのだろうか?」と
自問自答する事は大切です。
しかし「アナタの目的」が上記の①であれ②であれ、「相手(読者)」がいますよね?
だから少なからず「交流」が必要になります。
では「交流」を
「出来ているかどうか?」で振り返るとどうなるか?
「こう(↓)」なります。
そんなの分かりません!
何故なら
「相手がどう感じているか?」が重要だから。
「自分で評価する事」なんて出来ないし、
やっても意味がないんです。
「振り返り」になりません。
まとめ
noteにおいて、
「交流」は大切だと思います。
俺(私)は、
「自分の記事」を読者に読んで貰えればそれで良い。
交流なんて無駄無駄無駄無駄。
そんな「どこかの吸血鬼のような強い精神」をもった人は少ないですよね?
①
「今の自分」が、記事を投稿する。
②
その記事が、
「少しの読者」に届く。
③
「その読者」から評価を貰って、
成長する。
④
「成長した自分」が、記事を投稿する。
⑤
その記事が、
「前回よりは多くの読者」に届く。
⑥
「その読者」から評価を貰って、
更に成長する。
・
・
・
「その繰り返し(↑)」ですよね?
だから「交流」は大切です。
俺(私)は、
交流が出来ているだろうか?
気になりますよね?
「交流は、相手がいる事。」ですから、
「出来ているかどうか?」が気になるのは当たり前です。
相手の事を考えて、
「誠意ある行動」を心がける必要があります。
しかし、
「そればかり」を気にして行動していたらダメです。
何故なら「正解が無い」から。
色々あって、
「足が止まってしまう事」があるでしょう。
「ちょっと一休み」なら良いですが、
「あの場所に戻りたくない。。」となってしまったら大変です。
ではどうすれば良いのか?
「交流」は、
「挨拶」くらいが丁度良いのではないでしょうか?
「自分の頑張り処」は、何処なのか?
それをしっかり腑に落とせば、
「交流との付き合い方」が見えてきます。
noteにおける「俺(私)の頑張り処」は、
「※※」だ。
周りを見渡せば、
「同じ目標に向かっているランナー」がいる。
「ライバル」とも言えるが、
「同志」とも言える。
そんな同志達と、
「オハヨウ」と挨拶するのも良いかもしれない。
「交流は、その程度が良い。」と感じています。
このレースでは、
「交流するためにオハヨウを呟く」のではありません。
「noteという世界」で、
「同じ目標に向かっているランナー」に、
「おはよう。今日もお互い頑張ろう!」という気持ちで呟きます。
「交流が出来ているかどうか?」は、
気にするべき事ではありません。
気にするべきは、
「アナタの頑張り処がやれているかどうか?」です。
だから「レース」なんです。
そんな想いを込めました。
レースへの参加を希望される人へ
ありがとうございます!
この記事、
もしくは「オハつぶレースに関する私ケータローの記事」のコメント欄を使って、「参加希望」の旨をご連絡ください。
参加して良かった
「後日振り返ったアナタ」に、
そう感じてもらえるように活動して参ります。
