もう一つの世界26,創作大賞応募作品 恋するショッピングモール 4/6
恋するショッピングモール 4/6
二週間後の金曜日、約束したショッピングモール内の喫茶店で集合して、殿山の車で円空仏展に行くことになった。
彼は、SUVタイプの赤い小型車にのっている。リタイヤしてからこの車を買ったらしい。
「どうだ小さいけど恰好いいだろう。」と、以前自慢していた車だ。
どうやら、この車を彼女にみせたかったようだ。
待ち合わせた喫茶店で、ゆっくりコーヒーを飲んだ後、四人で出発した。 女性二人は、自然と後部座席にならんですわって話し出した。殿山は残念そうに、あとから助手席に乗り込んだ私をみた。きっと、花田さんを横にすわらせたかったんだろう。
車で一時間ほど、円空仏の話をしながらのドライブとなった。
殿山は、円空仏にかんして、きっと事前にしらべてきたのだろう。運転しながら詳しくはなしていた。
彼が円空仏に関してこんなに詳しく知っているとは、考えられないことだった。もっと大雑把で、押しつけがましい男だと思っていたが、女性を前にした殿山は、思いのほか、繊細で細やかな心遣いをみせていた。
男同士の時とはぜんぜんちがうんだ。
彼がなぜ女性に不思議と好かれるのかやっと理解できた。
会場に着くと、殿山は、どこかから仕入れてきた招待券を一人一人にくばった。偶然手に入ったといっていたが、あとで、こっそり私に、
「半分もてよ。」といってきた。
「えっ、なにを?」ときくと
「決まっているだろう入場料だよ。」と、いってくる。
まあ、彼はそういう男だ、考えるより、先に行動している。
殿山と花田さんは仲良く話しながらあるいていく。自然とわたしと小川さんが、ならんでうしろから歩くようになった。なんとなく二組のカップルができたかんじだ。
会場に入ると、思っていた以上にこんでいた。
円空の年表をみながら、行く先々で彫られた仏像がおかれている。殿山と花田さんは、楽しそうに話しながら歩いていた。
小川さんは、一つ一つ丁寧に、年表と仏像をみくらべていた。
私は、いつの間にか円空仏にひきこまれていった。
特に、円空仏の代名詞となっている木の枝の仏像、太い木の切れ端、われた木切れに彫られた円空仏は、普通の仏像に見られない、生々しさと、迫力をもっている、その形が不完全であるがゆえに、かえってその存在感を訴えかけてくる。
「不思議な仏像ですね。」
わたしがつぶやくと、小川さんもうなずいた。
「なんなんでしょうね。
思っていた以上に迫力と、説得力がありますね。
私の彫った仏像なんて、足元にもおよびませんね。」
円空仏に魅入られている。
仏像を彫っているから余計に何かが伝わってくるんだろう。その気持ちがうらやましかった。
「いやいや、仏像を彫っている人だからこそ、実感として感じられるんでしょうね。私は、彫ったことがないので、小川さんの感じたことがうらやましいですね。」
素直に感じたままをこたえた。
「じゃあ、山本さんもいちど彫ってみれば。」
思ってもみないことばだった。が、なにか惹かれた。
いっしゅん、彫ってみたくなった。
「そうですね、機会があれば。」
「機会なんて、いくらでもありますよ。」
彼女は微笑んでいた。
見て回った後、
「思っていた以上の迫力だったね。きてよかったねえ。」
これが四人の感想だった。そのあと、まだ時間があるので大阪にもどって、ご飯を食べて別れた。
どうやら殿山は、花田さんを車でおくっていくつもりだ。
私はみんなと別れ、歩いて帰った。
歩いていると、頭の中にあれこれうかんでくる。
小川さんと一緒に帰ればよかったのかなあ?
円空仏のことも考えていた。どんな木に彫ってもいいんだ。その自由さに惹かれた。
どうしても世間の目を気にしがちだが、もうこの年になり、ましてリタ
イヤしたあとだから、もっと自由に生きてもいいのかも。
自由に生き、自分のおもうままに仏像を彫った円空がうらやましかった。
そういう意味では、殿山がうらやましかった。
少しは殿山を見習わねば。
同時に、わたしに殿山のまねはできないこともわかっている。
結局、わたしは、私なりに生きていくしかい。
あれこれ、考えているうちに家にたどりついた。
妻がでむかえてくれる。
「どうでした?」
「いってよかったよ。円空仏は不思議な魅力があるんだ。なんか生命力にあふれていて、あんな自由に彫っている仏像は、はじめてみたよ。」
「ようございましたね。」
「そうなんだ。」
わたしは、少し興奮してたかもしれない。
「たとえばね、キャンプにもっていくマキがあるだろう、あんな木に彫ってるんだ。見ていると、誰にでも彫れそうな気がするんだ。でもだめなんだ。不思議な仏像だよ。」
「あなたも彫りたくなったんですか?」
「そうだね、マキならいくら失敗しても、燃やせばいいんだし、いくらでも練習できるしなあ。」
亡くなった妻は、あきれて笑いながら、
「じゃあ、マキをかってきましょうか?」
わたしの話にあわせていた。
私もつい笑ってしまった。
とりあえずは、冷えたビールを飲みたくなった。そして、思いつくままに円空仏のことを妻に語りつづけた。
亡くなった妻は、ニコニコしながら、だまってきいてくれた。
たとえ、わたしの幻聴と幻視と妄想がつくりあげた妻であっても、相槌を打ちながら聞いてもらえる相手がいることは、何にも代えがたい楽しいひとときだった
次の火曜日、ダンス教室のあと、わたしたち四人はいつものように、喫茶店でひとやすみした。
殿山と花田さんは、ちょっと買い物があるといってすぐ席をはずした。
気をきかせて、わたしたちを二人だけにしたのかも。
いらぬおせっかいだ。
さてさて、なにをはなしたものか、自然と円空仏のはなしになり、小川さんが仏像を彫りはじめたきっかけをはなしてくれた。
彼女は、とつぜんの交通事故で夫を亡くし、なかなかその事実を受け止めることができなかったそうだ。
「なくなった夫が忘れられなくて、思い出すたびに泣いてばかりで、このままじゃあ私もだめになるとおもって、夫への供養のつもりで、仏像を彫りはじめたんです。
彫っているときは無心になれるのでいいんですけど、でもやっぱり、そう簡単には忘れられないですね。ですから今は、夫と一緒にいるつもりで彫っています。」
思いがけない言葉だった。
人それぞれだと思うが、私にとっても少し重い話だ。
なんといえばいいのだろう?
思いあぐねていると、小川さんがぎゃくにきいてきた。
「奥さんがなくなられてから、山本さんはどうでした?」
話をふられて困ってしまった。
たしかに、妻はなくなっている。
しかし、毎日しゃべっている。
たとえ、妄想と、幻視と、幻聴の妻であっても、わたしの中ではいまも生きている。この他人には信じがたい現実を正直にいっていいものか、とまどっていた。
しかし、小川さんは、ちがったとりかたをしたようだ。
「すみませ余計なことことをきいてしまって、人それぞれですものね。私が、だめなんですね。」
私は、あわてて言葉をさえぎった。
「そんなこはないですよ。ある意味、わたしは、あなた以上に往生際が悪いとおもいますよ。」
「どうしてですか?」
わたしはまだ迷っていた。
へたすれば、笑われて、変人あつかいされてしまうかもしれない。
しかし、彼女にだったら打ち明けてもわかってもらえるかもしれない。
「いやあ。わたしの話は、信じてもらえないかもしれないんで、そのつもりで聞いてください。」
前置きして、はなした。
「妻が亡くなってからも、あまり寂しさを感じないんです。
こういえば、薄情な人間に聞こえますけど、ほんとうに不思議なことに、今も死んだ妻と顔をあわせ、話ができているんです。」
「どういうことですか?
夢の中にあらわれるんですか?」
小川さんは、わたしの言葉に驚いていた。もっと、違った言葉を期待していたとおもう。
「いいえ、実際に目の前にみえるし、話もできるんです。それだけでなく、笑ったり、おこったり、生きている時とまったく同じなんです。」
「そんなことが、できるんでしょうか?
ひょっとして、白昼夢かなにかですか。」
「確かに、またちがった意味の白昼夢かもしれませんね。」
私が苦笑いすると、彼女もつられてわらった。
「わたしも不安で、認知症かなにかの病気じゃないかとおもって病院にいったら、お医者さんに、妻が見えるのは、妄想と、幻聴と、幻視の産物だといわれたんです。
それ以来、家に帰ると、生きていた時と同じように妻がいるんです。」
小川さんは、驚いた様子で、わたしをみつめていた。
「そんなことって、あるんでしょうか?」
そして、意外な言葉がその口からとびだした。
「どうしたら、私にも見えて、話せるようになるんでしょうか?」
「妻とですか?」
「いえ、そうじゃなくて、私の夫とです。」
わたしは、笑ってしまった。
「そうですよね、ご主人とですよね。」
「ええ、会って話がしたいんです。」
小川さんは、真剣だった。
「主人は、交通事故でなくなったものですから、なんの心の準備もなしに、突然亡くなったんです。主人もきっと無念だったとおもうんです。
もしできることなら、あって言葉をかけてあげたいんです。」
もっともな話だ。私のばあいは、病気でなくなったので、まだ心の準備、悲しさ、つらさとむきあえる時間があった。」
小川さんは、遠慮しながら、もう一度、真剣にきいてきた。
「どうしたら、亡くなった主人と話せるようになるんでしょう?」
今も悩んでいる姿を見ると、身につまされる。
少しでも力になれるなら。 私は正直に話した。
「私のばあいは、亡くなってからも、話しかけていたんです。
ひとり言で、知らぬ間につぶやいていたんです。
そうしたら、最初に妻の声が聞こえるような気がして、そのうちほんとうに聞こえだしたんです。そうして話していると、妻がそばにいるような気がして、そして妻の姿が見えるようになったんです。
お医者さんに行くと、薬をだしましょうかといわれたんですが、話して見えるほうがいいですよね。
それで、今も家に帰ると、妻といっしょに生活しています。」
「じゃあ、私もひとり言で話しかけていたら、主人と話せるようになるんでしょうか?」
「さあ、これだけはやってみないと。
たまたま私が、そうだっただけかもしれないんで。」
なんともこたえられなかった。
それでも、小川さんは、
「わたしもやってみます。」とほほえんでいた。
結局、殿山と、花田さんは帰ってこなかった。
