ある日 キャタピラ
わたしは、森の中をすすんでいた。
ここは不思議な森で、ときどきへんなものを見つける。
「あれれ、目がふたつ。」
道ばたで風船のように浮いている。
わたしは、そっとつかまえると顔につけた。
「あっ、見える、見える。きれいに見える。」
まわりの景色が、きゅうにカラーになった。うれしくなって、どんどんすすんでいった。
こんどは、鼻が大きな花の上にのっかっていた。
わたしは、そっとつまむと顔の真ん中につけた。すると、急に甘い花の香りがただよってきた。
「あーあ、なんていいにおいなんだ。」
うっとりとして甘い香りをたのしんでいた。
またすすんでいくと、口がベンチの上でやすんでいた。
わたしは、そっとつかまえ顔につけた。
「こんにちは!」
口が軽やかにしゃべりだす。
わたしまで気持ちがはずんできた。
小鳥にはなしかけ、小鳥と一緒に甘酸っぱい木の実をかじると、幸せな気分が口いっぱいにひろがった。
そしてまたすすんでいくと、小さな可愛い家の扉に耳がぶら下がっていた。
わたしは、そっと耳をつかまえて顔の横につけた。
扉にそっと耳をあてると、中から女性の声がきこえてきた。わたしが扉をあけると、食事の準備をしていた女性が小鳥のようにさえずった。
「おかえりなさい、おひるごはんができてるわよ。おなかすいたでしょ。」
ふりかえった彼女の顔はのっぺらぼうだった。
目も、鼻も、口も、耳もなにもついていない。
わたしはあれれとおもってたずねた。
「顔はどうしたの?」
「あっ、わすれた。すぐつけてくるわね。」
彼女は寝室に戻ると、目と、口と、鼻と、耳をつけてもどってきた。
「あなたの顔も、散歩に行くまえと少しちがうみたい?」
「そうなんだ、帰り道でみつけて、つけてかえってきた。」
「ふーん、なんかあなたじゃないみたい。」
「顔がちがっても、ぼくはぼくだよ。」
「そうよね、少しぐらい顔が違ったって、あなたは、あなたですものね。さあ、手と顔を洗ってきて食事にしましょ。」
わたしは、洗面所に行って手と顔をあらった。
「あっ、しまった、顔がなくなった。」
うっかり目も、鼻も、口も、耳も水であらいながしてしまった。また元ののっぺりした顔に戻ってしまった。
居間に戻ると、
「あら、なにもないあなたの顔も、あたしはすきよ。」
妻が、えがおをかえしてくれた。
「ありがとう。」
妻はやっぱりやさしかった。
そして、大きなお腹をさすりながら、
「あなた、ご飯をたべたら、わたしの代わりに人間の村にいってくださらない?」
「いいけど?」
「もうすぐ子どもが生まれそうな気がするの。だから、頼んでおいた私の服と、子どものベビー服をもらってきてほしいの。」
「いいよ、人間の村のどこに行けばいいのかな?」
「山田洋品店よ、服はやっぱり器用な人間の手で縫ったのが一番ね。特にベビー服はすごく丁寧で、かわいいの。」
「いいけど。ほんとうに生まれそう?」
「ええ、一応ベビー服は2ダースたのんでるの。
たぶんそれでだいじょうぶだとおもうんだけど。」
「2ダースか、生まれたらまたいそがしくなるね。」
わたしは、ひるごはんを食べながら、2年前のあの忙しかった毎日をおもいだしていた。
昼ご飯をたべおわると、わたしは人間の村にむかった。
森の中をすすみながら、目と、鼻と、口と、耳を見つけて顔につけた。森を抜けると草原にでた。大昔の悲惨な出来事の残骸が草むらに見え隠れしている。その中をさらに30分ほどすすむと、川のほとりにある絶滅危惧種の人間の村についた。
なぜ人間が絶滅危惧種とよばれているのか、わたしは知らない。また、わたしたちの祖先が、人間が同じ祖先をもつといわれているが、それも本当かどうかわたしはしらない。
ある話によると、むかし一人の若者が、目を覚ますと『キャタピラ』になっていた。そこからわれわれキャタピラ族がはじまった。といわれている。でも本当かどうか?
わたしが知っているのは、人間は川のほとりに住み、非常に働き者で、優しい人たちということ。そして、わたしたちは、不思議な森に住んでいるということ。
絶滅危惧種の人間の村は、川に沿った道沿いに20軒ほどの店が建ち、どの店もはんじょうしていた。その真ん中の一軒が山田洋品店だった。
「こんにちは!」
わたしは、怪しまれないように大きな声であいさつした。
「はーい、お待ちください。」
店の奥から、マル眼鏡をかけた店主がでてきた。
「いらっしゃいませ、キャタビラさま。ちゃんと用意しております。もうすぐお生まれになるんですね?」
わたしの顔を見ると、さっそく挨拶してきた。
「そうなんです、それで注文した服をもらってくるようにいわれたもので。」
「はい、ちゃんと用意しております。」
そう言って、店のかたすみの棚から大きな紙袋をとりだした。
「これでございます。奥さまの産後のドレスと、子どもたちの服2ダースですね。」
わたしの目の前でかくにんすると、また袋に戻し、わたしの背中にのせてくれた。
「またのお越しを、おまちしております。」
優しい言葉とともに、わたしを気持ちよくおくりだしてくれた。
わたしは、荷物を落とさないように気を付けながら草原をぬけ、森にはいって我が家にたどり着いた。
「ただいま、もらってきたよ!」
わたしが居間にはいると、寝室から妻の声がした。
「あなた、かえってきたの?」
「ああ、もらってきたよ、」
返事して寝室にはいると、仰向けになった妻のお腹に、小さな子どもたちがかさなって、のっかっていた。
「おー!生まれたのか。」
妻は、いとおしそうに子どもたちをみている。
「あなた、ちょうど2ダースの可愛い子どもたちよ。」
「よかった、服の数がぴったりだね。ごくろうさん。」
いくらかんたんに生めるからといっても、やっぱりしんぱいだった。
妻は子どもたちの世話をしながら、
「ねえ、あなた、また一つお願いがあるんだけど?」
わたしはなんとなくわかっていた。
「湖のほとりだろう?」
「さすがあなた、ちゃんと覚えてくれていたのね。」
妻は嬉しそうに、
「やっぱり最初の一口は、湖のほとりにあるミカンの木の若葉をたべさせてあげたいの。柔らかくて、新鮮で、さわやかな酸味があって、子どもたちには最高の食育だとおもうの。
ね、いいでしょ。」
「もちろん。」わたしも賛成だった。
最初の一口は、本物の若葉をたべさせてあげたい。父親ならだれもが思うことだった。
「もちろん賛成だよ。君がいけるんだった、さっそくいこうか。」
妻は、嬉しそうに買ってきた子供服を子どもたちに着せ、自分も買ってきた産後のドレスをきると、自分の背中に半分、わたしの背中に残り半分の子どもたちを乗せ、せかすようにでかけた。
湖のほとりに着くと、自生するミカンの木の枝に子どもたちをのせた。子どもたちは、思い思いの枝に散らばると、おいしそうにむしゃむしゃ若葉をたべはじめた。
わたしと妻は、幸せを感じながら子どもたちを見守っていた。そして、もう二度とあの悲惨な出来事が起こることなく、いつまでもこの不思議な森で生きていけることを願っていた。
