【第6話】 「ゼロ回答」の裏で何が起きていたか ―開示資料が示したもの―
第5話では、市長部局・議会・監査委員まで含めて、ゼロ回答と時間稼ぎが広がっていった経過を書きました。第6話では、その後に届いた開示資料から見えてきた事実を、今後の訴訟等に支障のない範囲で記します。表向きには「不存在」「調査不要」「理解してほしい」と繰り返されていた一方で、内部では何が共有され、何が開示されず、どのような手続上のゆがみが生じていたのか。そこが今回の主題です。
「ゼロ回答」の裏側では、実際にどのような記録が作成され、どのようなやり取りが行われていたのでしょうか。
それを知るために、私は情報公開請求を行いました。
情報公開請求で知りたかったこと
令和7年12月、私は市に対し、本件に関する行政文書の開示を請求しました。
知りたかったのは、大きく分けて次のようなことです。
学校は、いつ、どのように本件をいじめとして認識したのか。
市教委は、いつ学校から報告を受け、どのように判断したのか。
重大事態に当たらないと判断したのであれば、その判断過程はどこに残っているのか。
スクールロイヤーを含む外部専門家の関与があったのか。あったとすれば、どのような形で関与していたのか。
これらは、いずれも本件の経過を検証するうえで重要な問題です。
しかし、開示決定は本来の期限までには出ませんでした。市は決定期限を令和8年1月中旬まで延長しました。
そして1月下旬、ようやく部分開示資料が届きました。
黒塗りも多く、文書不存在とされたものも少なくありませんでした。
それでも、開示資料を読んでいくと、これまで表に出てこなかった経過の一端が少しずつ見えてきました。

スクールロイヤー関与は一度ではなかった
まず目を引いたのは、スクールロイヤーの関与が一度きりではなかったことです。
開示資料によれば、本件について、学校や市教委は少なくとも、6月、8月、9月、12月の複数回、スクールロイヤーに相談していました。
つまり、私が学校長、市教委、市長らに文書で問い続けていた間、学校側・行政側では、継続的に法的助言を受ける手続が取られていたことになります。
もちろん、学校や教育委員会が法律専門家に相談すること自体は、ただちに問題だとは思いません。
むしろ、子どもの権利を守るため、学校の対応を法に照らして点検するためであれば、本来は有意義な制度であるはずです。
ただ、開示された資料を見る限り、相談の中心は、保護者からの文書にどう回答するか、学校側の対応が安全配慮義務違反に当たるのか、担任交代の必要性、重大事態調査の扱いなどに置かれていたように見えました。
もちろん、それらも法的には重要な論点です。
しかし、被害児童をどう守るか、事実確認をどう尽くすか、記録と判断過程をどう残すかという観点が、どの程度中心に置かれていたのかについては、開示資料だけでは十分に確認できませんでした。
そして、6月5日までの学校や担任の対応について「本人の要望や気持ちに寄り添っており適切ではないか」とする(弁護士の)助言が記録されていたことは、スクールロイヤーに共有された前提事実がどこまで正確だったのかという疑問を生じさせるものでした。
これらの点は、今後の検証に値する部分だと感じています。
「重大事態ではない」の判断過程が見えない
もう一つ、非常に重大だと感じたのは、重大事態該当性の判断過程に関する文書が「不存在」とされたことです。
教育長や校長は、これまで繰り返し、本件は重大事態には当たらないと回答してきました。
娘は6月下旬から保健室登校となり、睡眠障害や過換気発作もありました。
仮に、担任が9月以降、自ら学校を去っていなければ、卒業までずっと教室に入れない見通しでした。少なくとも8月末の時点において、見通しは誰の目にも明らかでした。
いじめ防止対策推進法第28条によれば、いじめにより児童生徒が相当の期間(30日を目安)学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき、事実関係が判明していなくても、 「疑い」が生じていれば「重大事態」として調査を行う必要があります。
それでも、市教委と学校は「重大事態ではない」と結論づけました。
では、その結論に至るまで、どのような事実を整理し、どのような基準に当てはめ、誰が、いつ、どのように判断したのでしょうか。
私は、その判断過程を示す文書を求めました。
ところが、開示決定では、「本件の重大事態該当性の判断過程に関する文書」は不存在とされました。
結論はある。
しかし、その結論に至る過程を示す文書は確認できない。
これは、私には大きな疑問でした。
重大事態に当たらないという判断は、被害児童が調査を受ける機会や、第三者による検証の入口に関わる重要な判断です。
その判断過程が文書として確認できない場合、後からその判断が適正だったのかどうかを検証することが難しくなります。
私はこの点を重く見て、令和8年1月下旬、県教委に続報を送りました。
重大事態該当性判断の適否、判断過程の文書化の有無、そしてスクールロイヤー活用を含む法務関与の在り方について、県として検証してほしいと求めました。
週案に残された「空白」
開示された資料の中には、担任が作成した週指導計画案、いわゆる週案も含まれていました。
そこには、4月当初、母から複数回電話があったことや、娘本人との面談があったことは記載されていました。
つまり、4月の段階で、担任が娘や母から相談を受けていたこと自体は、学校側の記録からも確認できます。
ところが、その後の4月から5月にかけて、週案には「特記事項なし」が続きます。
しかし、私たちの認識では、この間も娘はいじめを受け続けていました。
暴言、配布物の妨害、係や委員会での嫌がらせ、教室移動中の「ストーカー」発言。
娘はその都度、担任に相談していました。母も相談していました。席を離すなどの配慮も求めていました。
5月には、娘に睡眠障害も出ていました。
もちろん、週案はすべての出来事を詳細に記録するための文書ではないのかもしれません。
しかし、4月に相談があり、その後も訴えが続き、子どもの心身に影響が出ていたにもかかわらず、記録上は「特記事項なし」が続いていたことは、学校が本件をどの程度の重さで受け止めていたのかを考えるうえで、重要な事情だと思います。
6月16日の委員会資料に見えたもの
6月16日に開かれた、校内いじめ防止対策委員会の資料も開示されました。
この文書は、私にとって非常に象徴的でした。
冒頭では、本件がまず「いじめ」ではなく、「人間関係上のトラブル」として整理されていました。
そして、委員会での協議事項として、次のような論点が並んでいました。
いじめとしてどの段階で認知するのか。
「いじめ」という言葉を保護者・職員間でどのように用いるか。
職員会議で、事実報告として共有するのか、いじめ事案として周知するのか。
もちろん、組織として言葉の使い方を確認すること自体は必要なのかもしれません。
しかし、私には、そこに強い違和感がありました。
本来、まず考えるべきなのは、何が起きたのか、誰が見ていたのか、被害児童がどのような苦痛を受けているのか、これ以上傷つけないために何をすべきなのか、ということではないでしょうか。
ところが、この委員会資料から見えてくるのは、事実をどう確認するかと同時に、これをどう呼ぶか、どこから「いじめ」と扱うか、どう共有するかという問題が大きく扱われていた、ということでした。
この点にも、本件における学校側の認識と対応を考えるうえで、重要な手がかりがあるように感じました。
目撃者聴取の有無
6月初旬の暴行についても、開示資料と7月の面談録音を照らし合わせることで、疑問が残りました。
娘は、紅白帽子で叩かれた直後、担任に被害を報告しました。
その場を見ていた児童の名前も伝えていました。
ところが、開示資料からは、目撃者聴取が行われたことを示す記録は確認できませんでした。
一方で、加害児童本人からは話を聞いたことが記録されています。
その後、学校長の回答書では、この出来事は「紅白帽子が当たるというトラブル」と表現されました。
娘にとっては、4月から続いてきたいじめの延長線上で起きた出来事でした。
それが、学校の文書では「トラブル」と表現されたことについて、私は強い違和感を覚えました。
目撃者からの聴取が行われたのか。
行われていないとすれば、なぜ行われなかったのか。
加害児童の説明と被害児童の説明が食い違う場合、学校はどのように事実確認をすべきだったのか。
これらは、今後も検証が必要な点だと思います。
「よい雰囲気」と保健室登校
さらに、6月下旬の記録にも違和感がありました。
娘は6月中旬の某日、加害児童から所持品を運ぶよう強要されたと話していました。
その数日後には、家庭科のミシン実習中に妨害され、失敗の責任を押しつけられたと日記に書いていました。
さらにその2日後には、合唱練習中に筆記具を奪われ、担任に助けを求めたのに十分な対応がなかったと記しています。
そしてこの翌日以降、娘は教室に入れなくなり、保健室登校となりました。
ところが、週案には同じ時期について、「よい雰囲気で進められた」「話しながら仕事を分担して生活している様子が見受けられる」といった記載がありました。
この落差は、私にはとても大きく見えました。
娘が感じていた苦痛と、学校側の記録に残された印象との間に、大きなズレがあるように見えたからです。
このズレをどう評価するかは、今後、第三者の検証に委ねられるべき部分もあると思います。
ただ少なくとも、保護者としては、学校側の記録だけを見て本件の実態を判断することには慎重であるべきだと感じました。
見えてきたのは「記録の問題」でした
今回の開示資料を読んで、私は、本件の問題は単に「対応が遅かった」ということだけではないと感じました。
何を記録するのか。
何を記録しないのか。
いつ「いじめ」と呼ぶのか。
いつ「トラブル」と呼ぶのか。
誰の説明をどのように確認するのか。
被害児童の苦痛をどのように把握するのか。
そこに、学校や行政の姿勢が表れるのだと思います。
開示資料の中には、いくつもの行政文書上の言葉が出てきます。
「本人の意向」
「見守り」
「トラブル」
「慎重に判断」
「学校裁量」
「重大事態には該当しない」
一つ一つは、行政文書としては整った言葉に見えます。
しかし、その言葉の裏側で、娘は教室に入れなくなっていました。
睡眠障害に苦しみ、過換気発作を起こし、担任の顔も見たくないと言っていました。
この落差をどう考えるか。
私は、それこそが本件を検証するうえで避けて通れない問題だと思います。

矛盾対照表と証拠評価メモを作成した理由
そこで私は、開示資料を受け取って終わりにはしませんでした。
担任週案、6月中旬の委員会資料、対応記録、これまでの録音、娘の日記、母のメモ、私が作成してきた時系列を照合しました。
そして、矛盾対照表と証拠評価メモを作成しました。
そこでは、主に次の点を整理しました。
4月初旬からの申告に対し、学校側の一次記録や組織共有が十分に確認できないこと。
「本人の意向」を理由に指導を控えたという説明が、保護者の要請や娘の訴えと整合するのか疑問があること。
6月初めの暴行について、目撃者聴取が行われたことを示す記録が確認できないこと。
6月中旬の委員会資料では、「いじめ」という言葉の扱いが大きな論点になっていたこと。
6月下旬の実態と、週案上の「よい雰囲気」との間に乖離があるように見えること。
これらを整理したうえで、2月、県教委と法務局に追加資料として提出しました。
私が求めたのは、感情的な処罰ではありません。
まずは、事実をきちんと見てほしいということです。
記録を確認し、足りない記録を探し、必要なら目撃者聴取の有無を検証し、対応が本当に適切だったのかを確認してほしい、ということです。

ゼロ回答の裏側
開示資料は、すべてを明らかにしたわけではありません。
黒塗りは多く、存在するはずではないかと思える文書も「不存在」とされました。
それでも、見えたものはあります。
学校も市教委も市長部局も、何もしていなかったわけではありません。
内部では、記録し、相談し、共有し、回答文案を作り、スクールロイヤーに相談し、言葉を選び、結論を整えていました。
その一方で、被害児童側に返ってきたのは、理由の乏しい結論でした。
表向きの回答文では、
真摯に検討する
児童の安全と安心を重視する
今後の改善に向けて努める
信頼関係づくりに向けて協議する
といった一般論が並んでいました。
しかし開示資料の裏側で見えてきたのは、
4月からの認識
6月までの組織対応の遅れ
回答書面をどう整えるかという相談
市長部局を含む内部協議
提訴されそうであることや感情的対立を前提にした対処
でした。
私はこのとき、ようやく「ゼロ回答」の意味を少し理解した気がしました。
「ゼロ回答」は偶然ではなかった。
内部での整理と防御的判断のうえに成り立っていた可能性が高い、ということです。
内部で多くのやり取りが行われていたとしても、それが被害児童側に対する十分な説明につながらなければ、外からは「答えていない」のと同じです。
行政文書の中で整えられた言葉と、被害児童の現実との間に大きな隔たりがある限り、保護者として納得することはできません。
今回の情報公開で見えたのは、その隔たりでした。

(事実経過に基づき、対応状況を整理した補助図です。当事者を描写したものではありません。)
次回予告
開示資料によって、本件の内側にあった記録や相談の一端は見えてきました。
しかし、その後の手続は、さらに不可解なものになっていきます。
部分開示決定通知書の差替え。
別件資料5枚の混入。
追加の情報公開請求。
文書不存在をめぐる審査請求。
そして、誤りを認めながらも、十分な説明をしようとしない行政の姿勢。
次回は、開示資料そのものをめぐって起きた混乱と、そこから見えてきた情報管理の問題について書きます。
第6話、読んでくださって、ありがとうございました。
#いじめ
#学校
#教育委員会
#情報公開
#開示請求
#スクールロイヤー
#説明責任
#子どもの人権
#公文書
#いじめ防止対策推進法
