3つのお題(日本むかし話)
【山姥の台所】
森の奥深く、昼でも薄暗い場所に、一枚の藁簾が揺れる洞窟がありました。
そこは“山姥の台所”と呼ばれ、棚には様々な干した草や木の根、得体の知れぬ干物がずらりと並び、奥では皺だらけの婆様が大鍋をぐるぐるとかき混ぜています。
村人はその姿を恐れながらも、病に倒れれば必ず山姥を頼っていました。
どんな薬師でも治せぬ病を、婆様の煎じ薬は不思議と癒してしまうからです。
ある夜のこと。 簾をかき分けて、涙をポロポロこぼしながら小さな影が飛び込んできた。 五つか六つほどの鬼の子でした。
「おやまあ、鬼坊や。どうしたんだい」
「背中に……樫の実が刺さって……芽が出ちまった……父ちゃんも母ちゃんも困って無理やりに引き抜こうとするんだ」
山姥が背中を見ると、確かに小さな樫の芽がチョコっと生えている。
「こりゃ早くせにゃ、大きくなったら森の木になっちまうよ」
婆様は古い文献をめくり、ふむふむと頷くと、洞窟の隅で眠っていたイタチを起こし、耳元で何やら囁きました。
イタチは森の仲間を頼って「カタツムリの臍」「カエルの尻尾」「ミミズの目玉」など、奇妙な材料を集めて戻ってくると御婆は小鍋のスープに其れらを入れて煮詰めました。
薬を盃に移して飲ませようとすると、鬼坊は首を振って泣き叫びました。
「いやだぁ!苦いよ~いやだぁ」
【鬼が泣いた夜】
その声は森中に響き渡り、やがて駆けつけたのは、鬼坊の母さんでした。
母さん鬼の姿は、般若のような恐ろしさとは程遠く、 小さな角を持ち、月明かりに照らされると息を呑むほど美しい鬼娘でした。
母鬼は泣きじゃくる坊やを抱きしめ、そっと口移しで薬を飲ませました。
母の口を通った薬は不思議と甘く、鬼坊は安心したように眠り込んだのです。
やがて山姥は目を覚まし泣き出した鬼坊の背中に手を回し樫の芽を揺らすと、一気に引き抜きました。
残りの薬を傷口に塗ると、跡形もなく癒えたのでした。
愛しい鬼坊を抱きしめて夜道を帰っていく母鬼の頬を伝う涙は森の闇の中で静かに光っておりました。

【天狗の下駄】
所で、此処で登場する母さん鬼ですが、娘時代の話が有ります。
鬼族の間で評判だった美しい彼女に天狗の青年が恋をしてしまったのです。
青年天狗は、彼女の美しさと優しさに心を奪われ、鬼娘も気風よく天狗前の彼に惹かれたのです。
鬼の世界と天狗の世界では道ならぬ恋と言う事で大変な論争が起きました。
両一族は激しく争い、二人は置手紙を残して駆け落ちしてしまったのです。
二人は、山姥の洞窟の近くで住まい幸せに暮らしていました。
やがて額に小さな角の生えた坊やも生まれました。
青年天狗は、決心して「よし、俺も鬼坊の為に鬼の世界で鬼になる修行をして立派な鬼になってみせるぞ」
そう妻鬼に伝えると「坊やを頼む。これは、坊やの為に残していく」と言って天狗下駄を残して鬼の世界へと旅立ちました。
残された鬼坊は、何時か一枚歯の下駄を履きこなし、父天狗のように空を駆け、鬼のように強く優しい“鬼天狗”になれるでしょうか。
山姥は台所の奥で、今日も鍋をかき混ぜながら呟きました。
「大丈夫だよ。あの子は、きっと立派な鬼天狗になれるだろうさ」
有り難う御座いました。
