【教師・教育関係者の方へ】子どもの可能性を「閉ざさない」ために、私たちが意識すべきこと・・・みんなの「しろくま」
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【教師・教育関係者の方へ】子どもの可能性を「閉ざさない」ために、私たちが意識すべきこと
私たちが日頃行っている教育活動。それは、どの視点(視座)から見るかによって、まったく異なる意味合いを持つことがあります。
「今のやり方で問題ない」と感じている方もいるかもしれません。でも、本当にそうでしょうか?
もしかしたら、その「正解」は、もっと広い視野で見ると「正解ではない」という可能性も。
あなたは「どこから」教育活動を見ていますか?
このことを理解するために、まずは「見ている場所」について考えてみましょう。
目の前のこと、自分の常識に照らし合わせると「正解」
狭い視野、思考やエゴ、都合を優先する視点
プールにどっぷり浸かっている状態
山の裾野から2000mの高さで景色を見ているような感覚
全体を俯瞰し、本質を見極めると「正解」
より高い視座、感性や純粋さに基づいた視点
プールサイドに立って全体を眺めている状態
3000m以上の高さから雄大な景色を見ているような感覚
どちらの視点(視座)から見ているかによって、生まれる「雰囲気」や「空気感」は大きく変わってきます。
前者の「正解」は、残念ながら子どもたちの可能性を閉ざしてしまう可能性があります。そして、私たち教師自身の可能性も。
一方、後者の「正解」は、子どもたちの可能性を大きく広げ、私たち自身の可能性も引き出すことができるでしょう。
大切なのは「本質」と「在り方」
では、この二つの「正解」は何が違うのでしょうか?
それは、そこに本質があるかどうかです。
激変する現代において、私たち教育関係者に本当に必要不可欠なのは、個々人の「感じ方、捉え方、考え方」だけにとらわれることではありません。
大切なのは、その「感じ方、捉え方、考え方」を生み出している「エリア(場や視点)」がどうなっているのか、ということに意識を向けることです。
つまり、私たちの肩書きや経験年数、年齢といった表面的なことではなく、教育活動にどう向き合っているかという「在り方」が問われているのです。
あなたは今、教育活動を「小さく」見ていますか?それとも「大きく」見ていますか? 思考や都合で見ていますか?それとも内側(感性や純粋さ)で見ていますか?
共に探求する旅路へ
このnoteは、今回で完結するものではありません。note1からの連載として、教育活動の「本質」に迫るための「基礎・基本」をこれまでお伝えしてきました。
「なぜ、今の教育に違和感を覚えるのだろう?」 「もっと、子どもたちのためにできることがあるはずだ」
もし、あなたがそんな思いを抱いているのなら、ぜひこれまでのnoteも併せて読んでみてください。きっと、新たな発見があるはずです。
本日も、お読みいただきありがとうございました。
