見出し画像

1290円のTシャツに、中小メーカーはどう戦うか

ユニクロの「ドライEXクルーネックTシャツ」が売れている。通常1990円のところ、8月6日までの期間限定で1290円。汗をかいても乾きやすいドライEX機能に、抗菌防臭。カラーは6色。レビューには「色違いで6枚買った」「8枚買った」「エアリズムコットンから乗り換えた」という声が並んでいる。

同業として、素直に言う。これは、とんでもないことをやっている。

私は55名の製造工場を任されている雇われ社長だ。中国にも子会社を持ち、日々、原価と睨み合っている。だからこそ、この1枚の中身が見える。そして、見えるからこそ怖い。

---

1290円の中身を、製造側から見る

商品説明に書かれている仕様を、順に見ていく。

袖口と裾は縫製せず、編み出しで仕上げている。表側にステッチが出ないので上品に見えるし、肌当たりも柔らかい。脇に縫い目のない丸胴仕様。袖下にはメッシュを配置して通気性を確保している。

一つひとつは、特別に新しい技術ではない。編み出しも丸胴も、肌着や靴下の世界では昔からある手法だ。問題は、これを全部同時に、1枚のTシャツでやっていることだ。

縫製工場の立場で言えば、丸胴は編み立て側の設備と型が要る。編み出しの始末は工程が増える。部位ごとに違う編地を入れれば、生地の管理も裁断も検品も複雑になる。機能糸を使えば糸の単価が上がる。抗菌防臭を謳うなら試験費用がかかる。

普通にやれば、原価は積み上がる。それを1990円で売り、期間限定とはいえ1290円まで落とす。

これは技術力の差ではない。構造の差だ。

---

なぜあの価格が成立するのか

理由ははっきりしている。

第一に、数量だ。何十万枚、何百万枚という単位で作れば、糸の調達価格も、編み機の段取り替えの償却も、一枚あたりでは限りなく薄くなる。当社が1000枚のロットで交渉する糸と、彼らが数十トン単位で押さえる糸では、そもそも土俵が違う。

第二に、素材メーカーとの共同開発だ。機能素材を自社の商品専用に育てれば、他社に流れない差別化要素を、量産価格で手に入れられる。これができるのは、素材メーカー側から見て「乗る価値のある数量」を出せる相手だけだ。

第三に、品番を絞り込んでいる。1型を6色。当社のようなOEM主体の工場は、取引先ごとに仕様が違う商品を、少ロットで何十型も流す。段取り替えの回数がまるで違う。工場の効率は、機械の性能ではなく段取りの回数で決まる。

第四に、値段を先に決めている。原価を積み上げて売価を出すのではなく、売価から逆算して設計と生産地を組み立てている。この順番でものづくりができる会社は、日本の中小には、まずない。

同じ土俵で価格勝負を挑むのは、無謀を通り越して自殺行為だ。これは悲観ではなく、事実の確認である。

---
だから高付加価値へ、の落とし穴

では中小メーカーはどうするか。答えは一つしかない。高付加価値だ。

数量で勝てないなら、単価で勝つ。誰にでも売れるものではなく、特定の誰かにだけ深く刺さるものを作る。当社がファクトリーブランドを立ち上げ、医療分野の認可を取り、プレミアムなラインに踏み込んでいるのも、この道筋の上にある。

ただし、ここに落とし穴がある。私自身が何度もはまりかけた穴だ。

高付加価値を「機能を足すこと」だと勘違いすることだ。

抗菌を足す。消臭を足す。吸汗速乾も入れる。ストレッチも入れる。気づけばスペック表は立派になり、原価も上がり、売価も上がる。そして売れない。なぜか。客はスペックを買っていないからだ。

客が買っているのは、その商品があることで自分の生活の何が変わるか、である。「汗をかいてもベタつかない」というレビューの一文は、機能の説明ではない。夕方まで不快感がないという、生活の変化の報告だ。

高付加価値とは、原価を上げることではない。客にとっての価値を上げることだ。この二つを混同すると、ただ高いだけの商品ができあがる。

---

最後に立ちはだかる壁

そして、ここからが本題だ。

仮に、本当にいい商品ができたとする。素材も編みも縫製も納得のいく水準で、実際に使った人が「これでなければ困る」と言ってくれる。そこまで到達したとしても、中小メーカーの前には最後の壁が残る。

知られていない、という壁だ。

品質は、知られなければ存在しないのと同じだ。私はこれを、頭ではなく体で理解した経験がある。同じ商品が、置かれる場所と伝わり方が変わるだけで、動く量がまるで変わる。ものが良いから売れるのではない。良いと知った人が一定数いるから売れる。

ユニクロには、その心配がない。全国に店があり、広告があり、名前がある。新商品を出せば、翌日には何万人もの目に触れる。あの1290円の中には、認知にかかるコストも含めて回収できるという前提が織り込まれている。

中小はそこで詰まる。良いものを作る力はある。伝える力がない。正確に言えば、伝えるための金がない。

---
全国区を狙わないという戦い方

では、どうするか。私はいま、こう考えている。

全国的な知名度を取りに行かない。取りに行っても勝てないし、そこに使う金もない。目指すのは、狭い範囲で圧倒的に知られている状態だ。

たとえば、特定の職種の人たちの間で「あの現場用の一足といえば」と名前が出る。特定の症状に悩む人たちの間で、医療機関経由で名前が伝わる。人口の0.1%に知られていれば、中小の工場を回すには十分すぎる数量になる。1億人に薄く知られる必要はない。

そのために有効なのは、広告を買うことよりも、語られる理由を商品に埋め込むことだと思っている。人に説明したくなる背景、他にない一点、作り手の顔。ユニクロが絶対にやらないことをやる。彼らは最大公約数を取りにいく。だから、誰かの偏った要望には応えられない。そこにしか、我々の場所はない。

もう一つ、発信を外注しないことだ。自分の言葉で、自分の商品について語り続ける。私がこうして文章を書いているのも、半分はその実験だ。金をかけずにできる認知の獲得手段が、いまはある。使わない手はない。

---

1290円のTシャツは、脅威であると同時に、教科書でもある。

あれだけの仕様を、あの価格で、あれだけの人に届けている。価格も品質も知名度も、全部やり切った先にああいう商品が生まれる。真似はできない。しかし、どこで勝負を降り、どこで勝負を挑むかを決める材料としては、これ以上ない教材だ。

我々は、安く作る勝負からは降りる。深く刺さるものを作る勝負に賭ける。そして、知られていないという最後の壁を、金ではなく手間と時間で越えていく。

脳よりも筋肉を動かすほうが得意な私が、1枚のTシャツから考えたことだ。私よりも頭脳明晰なあなたなら、もっと鋭い勝ち筋を見つけられるはずだ。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事は noteマネー にピックアップされました

noteマネーのバナー