無口な男性介護士と「男らしさ」
グループホームの主任をしているN子さん(76歳)は、パート職員だったが、前任の男性介護士が辞めて、なかなか後任が見つからないので、今は夜勤もしている。
男性職員は3人いたのだけれど、今は無口でも高齢者に優しいIさん(40代)だけが残ってる。
Iさんを見ていると、ケアって、話さなくても伝わるもんだと思う。
認知症の女性入居者が多い施設、Iさんが小声で「口あけって」っていうと、Iさんが持つスプーンの手に、自分の手を乗せたりして、時間がかかっても完食している。
認知症であっても、それぞれ自分の身を守ろうとしているのだから、誤魔化す人や嘘つきは見抜かれている。
Iさんにとって、今いる職員は、小うるさい先輩女性が多いのかもしれないが、言われたことには頷いて対応し、噂話のなかに入っていかない。
Iさんはいかにも「男らしい」ってところがないけど、重たいものを運ぶのに、借りだされ、モクモクとこなす。
この人なら安心は、かえって無口だったり、何言ってるか分からないことを聴いてくれる。
おしゃべりというものは小言が多い。
介護現場では、自分で「男らしい」と思って、生きて来た男性高齢者にうんざりしている。
身の回りのことができないで生きて来た男性より、自分のことは自分でしなければならない人生を歩んできた独居老人のほうが自立している。
ゲイの人たちが筋トレしているのは、なぜだろうと思っていた。
コンネルの『男らしさ』のなかで、異性愛者や既婚者の「覇権的な男らしさ」は、非正規雇用やゲイ、未婚者などを「従属的な男らしさ」と対象化され、特権化されている、という(Connell Raewyn 伊藤公雄訳 1995=2022)。
今役職にあるホワイトカラーの男性たちが退職するころにやっと「男らしい」がダサイってなるんだろう。

環七をひたすら歩いていたら、睨まれて、何考えているのか探り合う
相互行為はモノで…独居老人もしあわせ
