萬田緑平は「歩け」といい、ユマニチュードは「立て」という
毎日毎日只々足が進もうとして、つまずきそうになりながらも。
介護現場でケアを受けることの中心になるのが排泄介助、今まで私秘としていたことを他者の助けが必要になる。
切なさを乗り越えなければならない。
ユマニチュードのケアを徹底している介護施設は、自分で立って、トイレに行くことを続けさせようとする。
それもあって、丹田と性器に無意識に力が入って、川沿いを歩く、それが癖になっている。
緩和ケアの萬田緑平医師が、自身の患者さんの動画を見せながら、死に至るまでの廻りの人たちとの関わり方について語った。
本人が生きたいように生きることを手伝う。
患者は自宅で好きなものを食べ、家族やペットと過ごし、旅行もお酒も楽しんでほしい。
自分らしく死ぬことを目標に生きて、最後に弱っていって、次の世代に死を見せることが最後の仕事。
歩いていると死ぬ前ギリギリまで歩いていられる。
最期を自宅で看取ろうと決める家族は1割、だから自宅で逝くことはしあわせな死だといえる。
おじいちゃんの死を家族みんなで看取ろうと決めて、ギリギリで退院したおじいちゃん、亡くなる前日に家族や親せきが集まって、食事会をした。
それを、立ってみているおじいちゃん、孫たちはおじいちゃんの布団に入り込んで写真を撮り、ハイタッチして別れた。
その日の夜中、おじいちゃんは亡くなり、翌朝に萬田医師は死亡診断書を書いた。
おじいちゃんが亡くなるまでの数日間、動画に残せるという、医師と家族の間にある信頼関係、それが醸成されていたからできること。

麩まんじゅうを食べながら、相模川沿いを歩く、多摩川ならもっとしあわせ
