「より創造的で価値の高い仕事」って何ですか? AI時代に地方の50代前半団塊ジュニア世代が感じる違和感

あ、これ、国会質問に似ていると、ふと思った(苦笑)
いや、AI国会が必要だよねえ(苦笑)
テレビの中のキラキラした未来
先日、テレビをつけたら、あるAI関連企業のインタビュー番組をやっていた。
大学の研究室発の事業会社で、AIによるイノベーションのエコシステムを構築しているという。
番組の中では、「松下幸之助再現AI」が紹介されていた。
そして、
「AIによって人間の仕事は奪われますか」
と質問すると、
松下幸之助AIはこう答えた。
「AIによって人間の仕事がなくなるというのは一面であって、人間はより創造的で価値の高い仕事に集中できるんだよ」
私はそこでテレビを消した。
なんだか気持ち悪くなったのである。
違和感その1 それは本当に松下幸之助の言葉なのか
私が感じた最初の違和感は単純だ。
それは本当に松下幸之助の考えなのだろうか。
「AIによって人間はより創造的な仕事へ移行する」
これはAI業界で何度も聞かされてきた定番のフレーズである。
私はこれを聞いた瞬間、
「それ、AIエリートがいつも言っていることじゃないか」
と思った。
もしAI開発者が持っている価値観を、松下幸之助の声で語らせているだけなら、それは再現AIではなくオウムである。
もちろん松下幸之助本人が生きていたら本当にそう言ったかもしれない。
しかし誰にも分からない。
分からないにもかかわらず、「経営の神様」の権威を借りて現代のAI推進論を語る。
そこに私は強い違和感を覚えた。
違和感その2 「創造的で価値の高い仕事」が見えない
しかし本質的な違和感は別にある。
それは、
「より創造的で価値の高い仕事」
とは具体的に何なのか、
誰も説明してくれないことである。
聞こえはいい。
夢もある。
だが中身がない。
私は英語通訳の仕事をしていた。
ところがAIの進歩によって、通訳市場は大きく変化した。
需要そのものが減った。
では私が明日ハローワークへ行ったら、
「創造的で価値の高い仕事」
の求人が大量に並んでいるのだろうか。
そんなことはない。
現実には存在しない。
英語通訳の世界で起きたこと
AI推進派はよくこう言う。
「単純な仕事はAIが行い、人間はより高度な仕事をするようになる」
英語通訳の世界で言えば、
医療通訳
法廷通訳
高度技術通訳
などがそれにあたるだろう。
確かにこれらは高度な専門性が必要である。
しかし問題は別にある。
それらの仕事は元々数が少ないのである。
以前は、
商談通訳
工場見学通訳
自治体関係の通訳
観光通訳
国際交流イベント
など、中間層にも仕事があった。
ところがAIが普及すると、
まず中間層の仕事が消える。
そしてトップ層だけが残る。
つまり、
「みんなが高度な仕事へ移行する」
のではない。
「本当のトップしか残れなくなる」
のである。
ピラミッドの頂上は全員分ない
ここでAIエリートたちが言う「価値の高い仕事」を考えてみよう。
AI起業家
AI戦略コンサルタント
AIプロダクトマネージャー
新規事業開発担当
イノベーション推進担当
クリエイティブディレクター
コミュニティマネージャー
彼らが語る未来は、だいたいこのような職業で構成されている。
しかし私は思う。
それは全部ピラミッドの頂上ではないか。
会社に100人いたら、
100人全員が起業家になれるわけではない。
100人全員が戦略コンサルタントになれるわけでもない。
100人全員がクリエイティブディレクターになれるわけでもない。
社会には、
現場で働く人
運営する人
支える人
作る人
運ぶ人
直す人
が必要である。
ところがAI時代の議論になると、なぜか全員が企画職や戦略職になれるかのような話になる。
私はそこに現実感を持てない。
地方の50代前半団塊ジュニア世代には無理ゲーである
さらに言えば、私は地方在住の50代前半団塊ジュニア世代である。
AI起業家になれと言われても困る。
AI戦略コンサルタントになれと言われても困る。
AIプロダクトマネージャーになれと言われても困る。
若い人ならまだ分かる。
20代なら失敗してもやり直せる。
しかし50代はそうではない。
親の介護もある。
自身の健康問題もある。
人生をゼロから作り直せる年齢ではない。
にもかかわらず、
「AI時代だからリスキリングしましょう」
と言われる。
それはあまりにも現実離れしている。
私たちはこの話を何度も聞いてきた
実はこの構図は初めてではない。
団塊ジュニア世代はずっと聞かされてきた。
グローバル化で新しい仕事が生まれる。
規制緩和で新しい仕事が生まれる。
構造改革で新しい仕事が生まれる。
IT革命で新しい仕事が生まれる。
そのたびに、
「痛みを乗り越えれば未来は明るい」
と言われてきた。
しかし痛みは現実だった。
仕事を失う人もいた。
賃金が下がる人もいた。
非正規になった人もいた。
だから今、
AIによって仕事がなくなっても大丈夫と言われても、
私は信じることができない。
問題はAIではない
ここで誤解してほしくない。
私はAIそのものを否定しているわけではない。
AIは便利である。
私自身も使っている。
問題は別にある。
問題は、
AIによって生まれる利益を誰が受け取り、
AIによって発生する痛みを誰が負担するのかである。
これまでの社会では、
利益は上へ集中し、
痛みは現場へ押し付けられることが多かった。
だから私は、
AIそのものよりも、
AIを導入する組織や制度や価値観に対して不信感を抱いている。
本当に必要なのは中間層の仕事をどう守るかである
AI時代の議論では、
トップ人材をどう育てるかが語られる。
しかし本当に重要なのはそこではない。
社会の大多数はトップ人材ではない。
社会を支えているのは中間層である。
だから本当に問われるべきなのは、
AIによってどれだけ生産性が上がるかではない。
AIによってどれだけ中間層の仕事が維持できるのか。
AIによって地域社会が持続できるのか。
AIによって人間の尊厳が守られるのか。
その問いである。
「より創造的で価値の高い仕事」という言葉への疑問
私が知りたいのは、
夢物語ではない。
スローガンでもない。
キラキラした未来予想図でもない。
「より創造的で価値の高い仕事」
というなら、
その仕事は何なのか。
どこにあるのか。
何人分あるのか。
地方にもあるのか。
50代でも応募できるのか。
生活できる給料なのか。
私はそれを知りたい。
そして、その問いに対する具体的な答えを、私はまだ聞いたことがない。
だから私は今日も、「AIによって人間はより創造的な仕事へ移行する」という言葉を聞くたびに思うのである。
それは本当に現実の話なのですか、と。
