忘れていく中で、残っていくもの
仕事を終えて、保育園を出たところで、
ちょうど1年前に
3才で卒園していった男の子を見かけた。
「Nくん!」
わたしは、思わず声をかけた。
お父さんと手を繋いでいたN君は、
振り向いてこっちを見た。
きょとん……。
あ…わたしのこと、もう忘れている?
そう、たぶん。
N君の担任だったわけでもないわたしは、
たくさんいる先生の中のひとり。
そうだよね…
あれから一年。
忘れちゃったよね。
毎日、一番早く保育園に来て、
一番最後に帰っていたN君。
その頃のわたしは、
午後からの勤務を担当していて、
最後に残ったN君が帰るまで、
同じ時間を過ごした。
夕方、おともだちが少しずつ帰って行き、
あんなににぎやかだった保育室は
静かになっていく。
窓の外が、だんだん薄暗くなる。
子どもたちの熱気がなくなり、温度が下がると、
部屋もなんだか広く感じる。
そして最後、ひとりになってしまう。
ほんのり感じている不安のようなものが、
ふとした表情やしぐさから透けて見えた。
N君はいつも、
「これ、読んで〜」と
お気に入りの絵本を持ってきた。
この時間は、ちょっと特別。
先生を独り占めできるから。
わたしにとっても、
穏やかな彼との夕方の時間は、
昼間の忙しさから解放された
癒しのひとときだった。
ひざの上に座って、
ゆっくりと一緒に絵本をめくった。
N君は毎回、同じページで同じことを言う。
わたしもそこで、毎回笑う。
ティラノサウルスが好きなN君と、
「恐竜ごっこ」を本気でやった。
隠れているつもりなのに、
丸見えになっている「かくれんぼ」も
楽しかった。
静かな保育室に、小さな笑い声が響いた。
お迎えに来てもらったときは、
とびきりの笑顔で
お母さんに飛びついていた。
帰り際には、
わたしのところに駆け寄って、
「バイバイ!」と、ハイタッチをするのが
お決まりだった。
ほっぺの上の方にできるえくぼ。
ふわふわした手のぬくもり。
ぎゅうっとしたときの柔軟剤の香り。
君は忘れてしまったかもしれないけど、
わたしは覚えているよ。
一年経っても、いまでも──
こうして思い出していると、
ほんの少し寂しさを感じる。
だけど、
人は忘れていく。
大切だと思っていたことさえ。
子どもたちは、今この瞬間の中にいる。
子どもたちが出会うもの。
目をまんまるにしながらふれる、
初めてのこと。
新鮮で、ワクワクするようなできごと。
それらをまっすぐ受け取れるように、
過去を少しずつ、軽くしていくのかもしれない。
「いま、ここ」で満たされていくために。
新しい風が入ってくる空間を作るために。
忘れていく、ということ。
それは寂しいこと、失うことだけでは
ないのかもしれない。
忘れてしまった顔も、
言葉も、思い出も。
すべてが消えてしまうわけではないと、
そう思いたい。
安心するような感覚や、やわらかな記憶。
それが、目には見えないかたちで、
彼の心にふれたぬくもりとして、
どこかに残っていてくれたら──
道端で言葉を交わしたあと、
「げんきでね」と手を振った。
彼は、自然にわたしの方へ駆け寄ってきて、
小さな手のひらをこっちに向けた。
思い出したのかどうかは、わからない。
だけど──
あの時と同じ、
ハイタッチの仕草だった。
あの時と同じ、
ふわふわの手のひらだった。

彼と過ごした時間のことを、
以前noteに書いていました。
そのことを、わたしは忘れていて──
いま、この記事を書きながら思い出しました。
あの時の気持ちを、
言葉にして残しておいてよかった、と。
なんとなく、そう感じています。
「ボクが本当に欲しかった言葉」
夕方の保育園で、
お迎えを待つ彼と交わした言葉。
もしよかったら、お時間のあるときに。。。
