【51歳のおっさん、疲れた一週間を神社と友人とカレーで回復させる。枚方から京都へ、癒やしの大移動】
仕事をしていると、一週間の終わりには、体だけではなく心まで電池切れになる。
僕は某大学で障がい者雇用の採用や入職に関わる仕事をしている。面接、相談、現場調整、急なトラブル対応。毎週のように何かしら起きる。
「今日は平和やな」と思った日に限って、夕方に電話が鳴る。
そして、その電話を取った瞬間に思う。
……あっ、今週も終わらへんやつや。
そんな疲れがたまった一週間の週末。今回は、神社を巡り、友人に会い、カレーを食べ、最後にはケーブルカーにも乗るという、なかなか情報量の多い一日を過ごしてきた。
テーマはただ一つ。
51歳のおっさん、疲れた心を回復させる。
1件目。枚方市茄子作の春日神社で、カラスに導かれる
最初に向かったのは、枚方市茄子作にある春日神社。
地元にありながら、あらためて参拝すると、境内の空気が静かで気持ちがいい。
春日神社は、室町時代の嘉吉元年、1441年に奈良の春日大社から御神霊を迎え、茄子作村の氏神として祀られたと伝わる神社だそうです。

鳥居をくぐって、境内を歩いていると、カラスが一羽。
神様の使いとされることもあるカラスが、こちらをじっと見ている。
近づいたら飛んでいくかなと思ったが、逃げない。


さらに近づいても、逃げない。
「いや、そこまで逃げへんの?」
カラスの方が完全に落ち着いている。
こっちは一週間の仕事で心がザワザワしているのに、カラスはどっしり構えている。何かを語るわけでもない。ただ、そこにいる。
勝手にこちらが受け取ったメッセージはこれだった。
焦らんでもええ。まず落ち着け。
神様の使いだったのか、ただ肝が据わったカラスだったのか。それは確認できません。
でも、疲れた時は、こういう偶然に意味を感じたくなる。
2件目。友人へ誕生日プレゼント、ジャコウコーヒー豆
次は友人に誕生日プレゼントを渡しに行った。
プレゼントは、ジャコウコーヒー豆。
なかなか自分では買わない高級豆である。

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普段の僕なら、コーヒーより紅茶派。でも「誕生日プレゼントに、ちょっと良いものを渡したい」と考えると、こういう選択肢も出てくる。
高級なコーヒー豆を前にして思う。
「これ、自分用に買う時は、だいぶ勇気いるな」
友人が喜んでくれたので、それでよし。
大人になると、物をもらうことよりも、「自分のことを考えて選んでくれた」という時間の方がうれしかったりする。
51歳になると、誕生日プレゼントを渡す側にも、ちょっとした人生観が混ざってくる。
3件目。京都・車折神社で芸能人の名前を探す
続いて京都へ移動。
向かったのは、京都・嵐山エリアにある車折神社。




車折神社は、学業成就や約束を守ること、商売繁盛などで信仰を集める神社として知られている。そして境内には、芸能・芸術の神様として有名な芸能神社がある。
芸能神社といえば、ずらりと並ぶ朱色の玉垣。
そこには、芸能人やアーティストの名前が奉納されている。
参拝に来たはずなのに、気が付けば始まる。
芸能人の名前探し大会。
「あ、この人の名前あるやん」
「この人も来てるんや」
「えっ、この人まで?」
神聖な場所でやっていることは、ほぼ宝探しである。
でも、こういう寄り道が楽しい。
芸能の世界で結果を出す人たちも、努力だけではなく、縁やタイミング、体調、人とのつながりを大切にしているのかもしれない。
僕も仕事で人の採用や入職に関わっているからこそ思う。
人生は、能力だけで決まるわけではない。
誰と出会うか。どんな場所に行くか。どんな言葉を受け取るか。
その小さな積み重ねで、人生の流れは変わっていく。
4件目。同級生のキッチンカーで、友人のカレーを食べる
車折神社の後は、京都・桂駅近くへ。

同級生がキッチンカーを出しているということで、友人のカレーを食べに行ってきた。
同級生が、自分の好きなことを仕事にしている。
それだけで、なんだか元気をもらえる。
キッチンカーの前に立ち、カレーを受け取る。
湯気。スパイスの香り。食べる前から「これは絶対うまいやつ」と分かる空気。
一口食べる。
うまい。
二口目。
やっぱりうまい。
三口目には、もう「同級生やから褒めてるんちゃうで」という気持ちになる。
友人が作るカレーを食べるというのは、ただの食事ではない。
学生時代を知る人が、今も頑張っている。その姿を見て、作ったものを食べる。
これはもう、胃袋だけでなく、心にも効くカレーだった。
疲れた時に必要なのは、立派な言葉だけではない。
温かいご飯と、頑張っている人の姿。
これだけで、人は少し回復する。
5件目。長岡京天満宮で、心を整える
次に向かったのは、長岡京天満宮。
御祭神は、学問の神様として知られる菅原道真公。
道真公が太宰府へ向かう途中、この地に立ち寄り、「自分の魂は長くこの地に留まる」と名残を惜しまれたことが、長岡天満宮の始まりにつながると伝わっている。
学問、受験、文化芸術、厄除けの神様として親しまれている場所だ。
長岡天満宮といえば、八条ヶ池やキリシマツツジでも有名。


今回は季節の主役ではなかったが、池の周辺を歩くだけでも、気持ちが整う。
神社巡りは、願い事をするためだけの場所ではないと思う。
鳥居をくぐる。
手を合わせる。
少し歩く。
深呼吸する。
それだけで、自分の中に溜まっていた余計なものが、少しずつ抜けていく。
特に、仕事で人と関わる仕事をしている人には、神社の静けさはよく効く。
僕の場合は、効きすぎて「次はどこの神社へ行こうかな」となる。
6件目。ラストは岩清水八幡宮、ケーブルカーの先に待っていた坂道
一日の最後は、京都府八幡市にある岩清水八幡宮へ。
石清水八幡宮は、平安時代から続く由緒ある八幡宮で、「やわたのはちまんさん」として親しまれている。
京阪電車の石清水八幡宮駅から参道ケーブルに乗る。







ケーブルカーに乗った時点で、ちょっと勝った気になる。
「今日はもう坂道を歩かんでええ」
そんな甘い考えをしていた。
ケーブルを降りる。
そこから若干の坂道。
若干。
……若干とは、誰が決めた言葉なのか。
疲れた51歳のおっさんには、若干の坂道でも、普通に坂道である。
息が上がる。
足が重い。
そして思う。
「神様、最後に試練を入れてきはったな」
それでも、境内に着いて参拝を終える頃には、不思議と気持ちが軽くなっていた。
しんどい思いをして辿り着いた場所ほど、静けさが体に染みる。
ケーブルカーに乗って、坂道でバテて、最後は神様の前で手を合わせる。
この流れも含めて、岩清水八幡宮らしい参拝だったのかもしれない。
疲れた一週間を、癒やしで上書きする
春日神社で、逃げないカラスに出会った。
友人へ高級コーヒー豆を渡した。
車折神社で芸能人の名前を探した。
同級生のキッチンカーで、心に効くカレーを食べた。
長岡京天満宮で、静かな時間を過ごした。
岩清水八幡宮では、ケーブルカーの後の坂道に完全にやられた。
一日でこれだけ動いたら、普通ならさらに疲れそうなものだ。
でも不思議と、心は軽くなった。
仕事の疲れは、寝たら全部なくなるわけではない。
だからこそ、自分が回復できる場所を持っておくことが大事だと思う。
僕にとっては、神社。
友人。
美味しい食事。
そして、少しだけ非日常を感じるドライブ。
51歳のおっさん、今週もなんとか回復しました。
来週もまた、何かしらあるんやろうけど。
その時はまた、神様のところへ行こうと思う。
関西圏でオススメあったら、是非コメントで教えてください。
できれば次は、ケーブルカーを降りた後に坂道がない神社でお願いします。
